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殺意

金曜日。都内からの最終電車。
中途半端に混んでいる東海道線の車内。
酒の臭いが充満し咽せるような空気が車内を支配する。
身体を傾げて居眠りをする者。小説を開き、しかし、目を閉じている者。ヘッドホンをし、ただ車窓の流れゆく景色を見つめる者。
 
 

「ねーちゃん、いい身体してるじゃねーか」
「そんなイヤらしい身体で男を挑発して楽しいか?あぁー?」

酔っぱらいふらつく男が何やらわめく。運悪く側に乗り合わせてしまった女が絡まれている。女は男に絡まれる。男から胸を鷲掴みされ非道く怯えている。

男は酔っているのか周囲の目も気にせず痴漢行為を続けている。
車内では誰もが見て見ぬ振りをしている。目をつぶっていた者は一瞬目を開き、視線を上げてはすぐに視線を落としまた目を閉じる。窓の外を見つめていた者は窓に反射して映った様子を見ている。しかし、直接見ようとはしない。誰もが見て見ぬふりをして次の駅に着くのを待っている。しかし、次の駅までは5~6分はある。

正直に言ってしまえば、俺だって変なヤツに拘わりたくない。
別段、正義感だって溢れているわけではない。強いて言えば…、
「弱いものが困っていたら助けてあげなさい」
そんな祖母の教えが頭の片隅にあるくらいのこと。

「拘わりたくないな…」

心が葛藤を起こす。

「嫌だな…でも……」
「見て見ぬふりも出来ないだろ…」

心は尚も葛藤する。

大きく深呼吸をしてから

「よし。」

そう呟いて座席から立ち上がる。

「そろそろやめないかな?」
「おねえさん嫌がってるじゃん」

「なにー!」
「なんか文句あんのか!」

「いや、だって、嫌がってるでしょ」

「なんだこの野郎!」

男は激情する。

(あと1~2分か…)
(駅に着いたらなんとかなるか…)
(もう少し)

 

 
「やめようよ」と、なだめるように声をかけるが男は相変わらずわめいている。
痴漢行為も相変わらずやめない。

「だから、やーめーろって!」
胸ぐらを掴み蹴りを入れる。その途端に男はナイフを取り出した。

ナイフを振り回してくれればそんな怖くない。
運悪く切られても傷は浅くて済む。ヤツも始めはそうだった。片手でナイフの柄を持ち、片手は女の子に。

駅に到着し、ヤツを引きずり降ろすとヤツは豹変した。
ナイフを振り回してなんかこない。電車から降りると同時にヤツはナイフの柄を片手でしっかりと持ち、もう片手はナイフの柄を後ろから押さえるように持つ。

俺は咄嗟に身をかわす。

普通の神経を少しでも持ったヤツなら、誰だって殺人者にはなりたくないはずだ。しかし、しっかりとナイフを握ったその姿には殺意が感じられる。

足が震える。身体全体の血が全て下がるような寒さを感じる。首筋に冷たさを感じる。

ナイフが大きく見えたとき、身体捻ってナイフをかわした。かわした瞬間にヤツの足下をすくう。ヤツが転んだ瞬間に手首を蹴り、続けてナイフを蹴り飛ばす。
駅員が走ってきたときに、周囲の人たちも加勢し、ヤツを身動き取れない状態にする。

続いて騒ぎを聞きつけた警官も駆けつけてくる。
ホームの上はポツポツと血痕がついている。誰か切られたか? そう思った途端に肩口が熱いことに気付く。俺の肩口から血が流れている。

「ふー」

大きい傷ではなさそうだ。ホッとして全ての力が抜け俺はホームにへたり込む…。

秋の気配(タイトル変更予定)

ローカル電車に乗り込んできた一人の女の子。
目を赤く泣き腫らし、鼻も赤くしている。
膝が隠れるくらいのスカートを穿き、十代の終わりくらいの年齢だろうか。
ロングシートに腰を下ろし、視線を下の方へ落とす。

———–

高校生活を送っている間、ミサはタカシと付き合っていた。
春が来て高校を卒業し、タカシは東京の大学へと進み、
ミサは地方の小さな町に残り事務員として働くことになった。

「東京ではもう桜が咲いたんですって」
「ねぇ。離れていてもずっと一緒だよね?」

「もちろんだよ。4年経ったら必ず迎えに来るから」
「それまでにだって、帰ってきたら必ずミサに逢いに行くから」
「こっちで桜が咲いている頃には一度帰ってくるから」
「それまでは毎日電話するから」

ホームにはローカル電車が入ってくる。

「必ず逢いに戻るから…」

開いた扉の中と外で手を伸ばす。東京へと旅立つ車内のタカシ。それを見送るホームのミサ。

ローカル電車の扉が閉まり、電車はゆっくりと走り出す。

**

桜の花が散り、光の眩しい季節へと移り変わる。

「ゴメン。ゴールデンウイークは帰れなくなった」
「サークルの合宿があって…」
「サークルに入ったばかりで簡単には帰れないんだよ」
「夏には必ずミサに逢いに帰るから」
「じゃあ切るよ?」

切れた電話を手にミサは軽く涙ぐむ。

 
季節は雨がちの鬱陶しい季節に変わる。

電話が途絶えがちになり、ミサの心は不安が増してゆく。
たまに繋がる電話の声にも、遠い距離を感じ不安になってゆく。

 
「夏休みもサークルがあるから帰れない…。ゴメン」
「9月に土日を使って帰るから」
「9月の第一週の土日。そのときには必ず帰るから」

(タカシの心の中に私はいるのだろうか?)
(大丈夫。タカシは忙しいだけよ)
(でも…)

ミサは自分自身にそんな問いかけを繰り返す。

**

青々としていた田んぼが、みるみる黄金色に移りゆく9月。
二人一緒に過ごしていた町の喫茶店

「ミサ。俺たち、もう別れよう」

タカシの口からそんな言葉が発せられた。

「……」
「必ず……」
「……」

ミサの目から涙が溢れてくる。
溢れる涙を堪え言葉を振り絞る。

「必ず迎えに来るからって言ったじゃない」

ミサは椅子から立ち上がり喫茶店を飛び出る。
涙でにじむ町を駅へと向かう。

半年前にタカシを見送ったホーム。その反対側のホームにミサはいる。
何度も改札に目をやるがタカシは追いかけてきてくれない。

涙が止まらない。
感じていた不安。でも逢えば不安は払拭できると思っていた。
それなのに…、タカシと過ごした三年間がこんなにも脆く簡単に崩れてしまうなんて。

ローカル電車がホームに入ってくる。
電車に乗り込み振り返る。タカシはいない。

ケータイを眺める。タカシからの着信はない。
シートに座り一緒に過ごした三年間を振り返る。
そして一つため息をついて、タカシとの記憶を消そうと決めた。

 
窓の外には黄金色の稲穂が一面に広がっていた。

misa

虹とスニーカーの頃 - 5/5

** 9

首筋にキスをする。胸の膨らみを掌で被い指先でまさぐる。

緊張しているのを悟られないように静かに深呼吸をする。
さっきキスで口をふさいだじゃないか。首筋に這わせているキスをトシコ先輩のくちびるへと移動させればいいだけじゃないか。
頭の中で考えれば考えるほど心臓の鼓動は早くなってゆく。

「あまりに先輩がかわいくて…」

そう言って思い切って首筋から、くちびるにキスの場所を変えてしまった。
トシコ先輩は後ろを振り返る形になり、僕はトシコ先輩の頭を後ろから包み、舌を絡めてキスをした。

頭を包んでいた腕は背中へと降りる。背中をまさぐりビキニの紐に指が掛かる。
後ろからビキニの紐をほどくと、胸と抱えた膝の間にビキニが挟まる。
日焼けしてうっすら白く浮かび上がる紐のラインを指先でなぞる。
ラインをなぞり、さっきのように胸の膨らみを掌で被せる。今度は直に掌で被い、直に指先で突起をまさぐる。

「……」
    「ん……」

「ごめん…」
「送るよ」

**10

トシコ先輩を乗せてオートバイを発進させる。
国道を茅ヶ崎へ向けて走り出し、浜須賀を右折する。

後ろから脇腹を抓られる。振り返るとトシコ先輩の声が聞こえた。

   「キミは意気地なしさんなのね」

外れてはいなかった。勇気がなかった。
もしも、もっと早くに雨が降り出して…、そして、もっと早くに雨が止んだら…、海に虹が架かっただろうか。虹は架からなくても雲の切れ間から天使の梯子が降りてきたことだろう。

暗闇の海に波の音が広がる。暗闇が僕から勇気を奪う。

   「半殺しにされるのが怖いかったの?」

「ごめん…」

海を背に、僕は大きくアクセル開けてオートバイを加速させた。

虹とスニーカーの頃 - 4/5

** 7

   「疲れた~。ずいぶん日焼けしたね~」

「降ってきそうだな」

   「え?」

「雨…」
「降ってきそうだ」

水から上がってあたりを見渡すと入道雲が大きく発達し、上空を覆っていた。
雲がなかったらちょうど日没する夕日が綺麗な時間だ。
周囲を見回すと海水浴をしていた人たちはみんな上がり、人気はまばらになってしまっていた。

雨滴が頬に当たる。大粒の雨滴。
大粒の雨滴が次々と空から降ってくる。

「行こう」
「あっち」
「あそこ、屋根がある」

僕はトシコ先輩の手をひいて駆ける。
屋根のあるところまで移動した頃にはすっかり土砂降りの雨になってしまった。

「すぐにやむよ」
「ここで少し雨宿りしていよう」

** 8

小屋から大きく延びているひさしに雨滴が当たる。
雨が当たらない砂地に腰を下ろして雨に煙る海を眺める。

   「ねえ、今日は何で私を誘ったの?」
   「わかった。今日は違うオートバイだから、違う女の子が良かったんでしょ?」
   「私の彼氏に見つかったらキミは半殺しね。彼が怖いのはキミもよーくしっているでしょ?」
   「キミの彼女にみつかってもキミは半殺しね」
   「どっちにしてもキミは半殺しよ」

言葉を遮るようにキスで口をふさぐ。

   「ちょっと、まっ…だめ…」

さらにキスで口をふさいでしまう。

雨滴は小さくなり、だいぶ小降りになってきた。あたりはかなり暗くなっていた。

「日が沈むと寒いだろ」

トシコ先輩の後ろに回り、背中から両脚で挟むように抱き包む。
後ろから腕を回し、トシコ先輩の身体を抱き包む。

心臓の鼓動が早くなる。

あたりは真っ暗になって、波の音が穏やかに聞こえる。
トタン屋根にぶつかる雨滴の音はもうしなくなっていた。

虹とスニーカーの頃 - 3/5

** 5

いつも履いているブーツに足を入れ、少し考えてから脱ぐ。
AVIAのスニーカーに履き替えて靴紐をしっかり締め直す。

ヘルメットのシールドを下げ、クラッチをつなぎオートバイをスタートさせる。

武田薬品前を普段の半分以下のスピードで走り、弥勒寺から裏道、裏道へと走る。

 ♪ 

うん、楽しい。
真夏の時よりほんの少し弱くなった陽射しを浴びて走る。
南藤沢で片瀬県道に出てまた路地に入り柳小路の駅へ。

「待った?」

   「青いオートバイではなかったの?」

「友達と交換しているんだ。一週間だけね」

   「バイクとかオートバイと言うより単車という感じで素敵ね」

「僕に似合うかな?」

   「どうかしら。走ってみないとわからないわ」

「行こう。乗って」

** 6

慎重にオートバイを操作して、海沿いの国道へと南下する。
国道に出たら右折して鵠沼の海水浴場へ目指す。

信号で止まったときにトシコ先輩が言った。

   「似合ってるわ」
   「高い身長にとっても似合ってる」
   「背中から見ているととっても素敵」

僕は笑顔で応える。

真夏の間は大混雑だった海沿いの国道も、夏の終わりを迎え、平日にはずいぶんと空くようになった。鵠沼海岸までは数分で着いた。

「水着は?」

   「着ちゃってるから、上を脱いだらすぐに泳げるわ」

「僕も同じ。すぐに海に飛び込める」

晩夏の陽射しを身体全身に受けて、海で泳ぎ、トシコ先輩と水で遊ぶ。
湘南の生まれ育ちのトシコ先輩は、僕と変わらないほどに泳げる。
急に海面からいなくなったかと思うと、水の中から僕の足を引っ張る。
水面から顔を出すと大笑いしている。
僕も水の中にもぐってトシコ先輩を水中に引っ張り込む。

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