秋の気配

2008-09-09 (火)

ローカル電車に乗り込んできた一人の女の子。
目を赤く泣き腫らし、鼻も赤くしている。
膝が隠れるくらいのスカートを穿き、十代の終わりくらいの年齢だろうか。
ロングシートに腰を下ろし、視線を下の方へ落とす。

———-

高校生活を送っている間、ミサはタカシと付き合っていた。
春が来て高校を卒業し、タカシは東京の大学へと進み、
ミサは地方の小さな町に残り事務員として働くことになった。

「東京ではもう桜が咲いたんですって」
「ねぇ。離れていてもずっと一緒だよね?」

「もちろんだよ。4年経ったら必ず迎えに来るから」
「それまでにだって、帰ってきたら必ずミサに逢いに行くから」
「こっちで桜が咲いている頃には一度帰ってくるから」
「それまでは毎日電話するから」

ホームにはローカル電車が入ってくる。

「必ず逢いに戻るから…」

開いた扉の中と外で手を伸ばす。東京へと旅立つ車内のタカシ。それを見送るホームのミサ。

ローカル電車の扉が閉まり、電車はゆっくりと走り出す。

**

桜の花が散り、光の眩しい季節へと移り変わる。

「ゴメン。ゴールデンウイークは帰れなくなった」
「サークルの合宿があって…」
「サークルに入ったばかりで簡単には帰れないんだよ」
「夏には必ずミサに逢いに帰るから」
「じゃあ切るよ?」

切れた電話を手にミサは軽く涙ぐむ。

 
季節は雨がちの鬱陶しい季節に変わる。

電話が途絶えがちになり、ミサの心は不安が増してゆく。
たまに繋がる電話の声にも、遠い距離を感じ不安になってゆく。

 
「夏休みもサークルがあるから帰れない…。ゴメン」
「9月に土日を使って帰るから」
「9月の第一週の土日。そのときには必ず帰るから」

(タカシの心の中に私はいるのだろうか?)
(大丈夫。タカシは忙しいだけよ)
(でも…)

ミサは自分自身にそんな問いかけを繰り返す。

**

青々としていた田んぼが、みるみる黄金色に移りゆく9月。
二人一緒に過ごしていた町の喫茶店

「ミサ。俺たち、もう別れよう」

タカシの口からそんな言葉が発せられた。

「……」
「必ず……」
「……」

ミサの目から涙が溢れてくる。
溢れる涙を堪え言葉を振り絞る。

「必ず迎えに来るからって言ったじゃない」

ミサは椅子から立ち上がり喫茶店を飛び出る。
涙でにじむ町を駅へと向かう。

半年前にタカシを見送ったホーム。その反対側のホームにミサはいる。
何度も改札に目をやるがタカシは追いかけてきてくれない。

涙が止まらない。
感じていた不安。でも逢えば不安は払拭できると思っていた。
それなのに…、タカシと過ごした三年間がこんなにも脆く簡単に崩れてしまうなんて。

ローカル電車がホームに入ってくる。
電車に乗り込み振り返る。タカシはいない。

ケータイを眺める。タカシからの着信はない。
シートに座り一緒に過ごした三年間を振り返る。
そして一つため息をついて、タカシとの記憶を消そうと決めた。

 
窓の外には黄金色の稲穂が一面に広がっていた。

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