12/30 西へ 1

2008-12-25 (木)

20年以上前。
仲の良いバイク仲間と初詣の行き先を考える。「伊勢神宮にしよう」

そんな友人の言葉に僕は肯く。

12月30日夜
藤沢鵠沼から、茅ヶ崎松が丘を抜け、茅ヶ崎駅を超えたあたりでルート1に入る。
冷たい空気の中、DT200Rを走らせる。前に後ろにとめまぐるしく位置を変え、友人のRZ250Rのクロスチャンバーの音が鳴り響く。

平塚で深夜営業のラーメンショップに入り暖をとる。

「よし行くか」
「一気に箱根越えちゃいたいな」
「一気に行っちゃいましょう」

エンジンをかけDT200Rをスタートさせる。

ルート1を走らせる。エンジンがくすぶり気味。
走っているうちに良くなるか。上まで大きくエンジを回してみたりと様子を見つつ走る。いまいち調子が良くならないまま大磯、二宮、小田原へと走らせる。

山崎から箱根新道へと入る。

非力なエンジンで一気に上ってしまいたいところだけどエンジンはさらに不調に。
すぐに失火する。上り坂ですぐに速度が落ちてしまうその瞬間で再始動を試みるが再始動してくれない。
クラッチをつないで一瞬かかり始める気配はあるものの、結局かからず。

路肩に寄せキック、キック、キック、キック。
何度もキックを繰り返し、何かのきっかけでエンジンがかかる。
そこから走り出すとまた長くて1キロほど。短いと100mほども走らないうちに止まってしまう。
路肩に寄せキック、キック、キック、キック。
何度もキックを繰り返し、何かのきっかけでエンジンがかかる。
走り出すとまたすぐに止まる。
路肩に寄せキック、キック、キック、キック。
何度もキックを繰り返し、何かのきっかけでエンジンがかかる。

「さあ、どうする。」

「戻るか…」

「進むか…」

なんだかんだで畑宿あたりの旧道と絡み合うところより高いところまで来ている。

「どうするか」

心が葛藤を起こす。繰り返すキックで身体は熱い。しかし氷点下になる冷気に指先の感覚はなくなっている。

「行きましょう」

「上りきったらニュートラで下れますから」

「三島まで降りたらどこか風の当たらないところで原因究明します」

そう決めてキックする。キック、キック、キック。

またもエンジンがかかってはちょっと走って止まっての繰り返しをする。
あまりにかからないときは押す。ひたすら押す。DT200Rとはいえ箱根を押すのはしんどい。チャリで箱根の旧道をアップヒルしている方がずいぶんと楽に思うほど。

そんな繰り返しで箱根峠を越える。
ニュートラルにしRZ250Rのヘッドライトとテールランプを頼りに三島へと下る。
後ろから車が見えると減速し、左に寄せ抜いてもらう。

三島だったか沼津だったか、営業時間外のガソリンスタンドの敷地に止め、RZのヘッドライトを当ててもらう。ガソリンのルートの確認。プラグのチェック。そうした基本的なところをチェックする。しかし問題は見あたらない。

さあ、どうする。

行くしかない。まだ時間は深夜。3時台とかそのくらいの時間。
引き返すなんてできやしない。もう箱根なんて上れっこないのだ。
引き返すこと。それは負けを認める事。所詮、十代のガキの考える事。
テンションが上がりきっている十代には引き返すことなんてあり得ないのだ。

キック、キック、キック。エンジンの些細な息づかいにアクセルを軽くあわす。
よっしゃ。スタート。

田子の浦の手前まではルート1の一本海側を走る。
田子の浦からはルート1をひたすら走る。途中何度も、何度もキック、キック、キック。
きっと1キロ走ったらキック50回はしている。

しかし、段々わかってきた。
アクセルを開けちゃいけないのだ。アクセルをなるべく開けないようにし、1/32開度、1/16開度とほんの少しだけ開いてゆっくり速度を載せていく。
減速させると再加速させるのに時間がかかるからなるべく減速させたくない。

由比、清水、静岡…。よしいい感じだ。
調子が良いと5キロ以上エンジン止まらずに走れる。これまでに比べたら格段に楽。
体力だけは無駄に持っている。5分に一度止まってキック50回や100回くらいなんてことはないぜ。それもDT200Rのキックなんて屁でもないぜ。

大井川を越えて金谷だったかそこらの急坂でエンジンが止まる。アクセルを開けた途端にエンジンは止まる。
こんな坂、ずっと続く訳じゃないのだから押せばいい。押す、押す。ひたすら押す。
よし下り。ゴー。

袋井。磐田…。空が明るくなってくる。
浜松。朝がやってくる。

「休みましょう」
「バイクショップもどこかあるかもしれないし」
「10時頃までサウナで休憩しましょう」

熱い湯で身体を温め、1時間ほど仮眠をする。

眠気とともにここでリタイヤしたい気持ちが襲う。
高すぎたテンションは態を潜め、不安に襲われる。
ここから伊勢神宮までまだかなりある。
正直、ここでリタイヤしたい…。

そんな気持ちを振り去るように起きて公衆電話に向かう。電話帳から次々バイクショップに電話をかける。時間は11時近く。年末の休暇に入ってなければもうやっているはず。
次々に電話をかけるが年末年始休暇の音声が流れるところばかり。

そんな中電話に出てくれたバイクショップがあった。

バイクマンK

「助かった…」

そんな気持ちとともに、道順を聞きメモをとる。ここから北上し、東名を越えて…。

 
(続く)

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がんばれ、がんばれ、いっぱいがんばれ

がんばれ、がんばれ、いっぱいがんばれ

2008-11-02 (日)

ここ10年ほどだろうか。
気がついたら「頑張って」という表現を避ける人が多くなった気がする。
明らかに「頑張って」は禁句扱いになっている。

何がキッカケだろうか。心の病がクローズアップされたからだろうか。
それとも過労死というのがクローズアップされたからだろうか。

きっと、鬱病の人には頑張っては禁句なのかもしれない。
きっと、今、頑張って頑張って頑張りすぎている人には禁句なのかもしれない。

でもさ、少なからず多くの人は「頑張って」という言葉に、
もっともっと頑張れるんじゃないだろうか。

「がんばれ、がんばれ、もっとがんばれ。いっぱいがんばれ。
しげちゃんならもっとできる。しげちゃんならもっとがんばれる」

僕はそう言われるとどこまででも頑張ることができる。

でもね。
口先だけの薄っぺらい「頑張れ」とか「頑張って」という言葉を吐いたのを聞いた場合は、
その感情まで届いてしまう。
心から頑張ってもらいたいというわけではないその薄っぺらい言葉。
そんな口先だけの頑張ってなら言わないでもらいたい。

きっと、「頑張って」と言われたくない人の、少なからず多くの人たちは、
「頑張って」と言う人が、心からその人を応援して、頑張ってもらいたいから
言っているわけではないことに気付いちゃってるんだよ。

もちろん、それがすべてではないから、誰にでも通用するわけではなく、
心からの応援として言われた場合であっても、言われて嫌な人もいるのだろうから、
言葉の使い方の難しさだとは思うけど、でも、「頑張って」という言葉、いい言葉だと思うな。

心から言う「頑張って」のその言葉。僕はその言葉でどこまでも頑張れる。
自分一人では心が折れちゃうんだよ。誰かが頑張れと応援してくれるから
頑張れるんだよ。君も一人ではないのだから頑張れ。

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殺意

2008-10-29 (水)

金曜日。都内からの最終電車。
中途半端に混んでいる東海道線の車内。
酒の臭いが充満し咽せるような空気が車内を支配する。
身体を傾げて居眠りをする者。小説を開き、しかし、目を閉じている者。ヘッドホンをし、ただ車窓の流れゆく景色を見つめる者。
 
 

「ねーちゃん、いい身体してるじゃねーか」
「そんなイヤらしい身体で男を挑発して楽しいか?あぁー?」

酔っぱらいふらつく男が何やらわめく。運悪く側に乗り合わせてしまった女が絡まれている。女は男に絡まれる。男から胸を鷲掴みされ非道く怯えている。

男は酔っているのか周囲の目も気にせず痴漢行為を続けている。
車内では誰もが見て見ぬ振りをしている。目をつぶっていた者は一瞬目を開き、視線を上げてはすぐに視線を落としまた目を閉じる。窓の外を見つめていた者は窓に反射して映った様子を見ている。しかし、直接見ようとはしない。誰もが見て見ぬふりをして次の駅に着くのを待っている。しかし、次の駅までは5?6分はある。

正直に言ってしまえば、俺だって変なヤツに拘わりたくない。
別段、正義感だって溢れているわけではない。強いて言えば…、
「弱いものが困っていたら助けてあげなさい」
そんな祖母の教えが頭の片隅にあるくらいのこと。

「拘わりたくないな…」

心が葛藤を起こす。

「嫌だな…でも……」
「見て見ぬふりも出来ないだろ…」

心は尚も葛藤する。

大きく深呼吸をしてから

「よし。」

そう呟いて座席から立ち上がる。

「そろそろやめないかな?」
「おねえさん嫌がってるじゃん」

「なにー!」
「なんか文句あんのか!」

「いや、だって、嫌がってるでしょ」

「なんだこの野郎!」

男は激情する。

(あと1?2分か…)
(駅に着いたらなんとかなるか…)
(もう少し)

 

 
「やめようよ」と、なだめるように声をかけるが男は相変わらずわめいている。
痴漢行為も相変わらずやめない。

「だから、やーめーろって!」
胸ぐらを掴み蹴りを入れる。その途端に男はナイフを取り出した。

ナイフを振り回してくれればそんな怖くない。
運悪く切られても傷は浅くて済む。ヤツも始めはそうだった。片手でナイフの柄を持ち、片手は女の子に。

駅に到着し、ヤツを引きずり降ろすとヤツは豹変した。
ナイフを振り回してなんかこない。電車から降りると同時にヤツはナイフの柄を片手でしっかりと持ち、もう片手はナイフの柄を後ろから押さえるように持つ。

俺は咄嗟に身をかわす。

普通の神経を少しでも持ったヤツなら、誰だって殺人者にはなりたくないはずだ。しかし、しっかりとナイフを握ったその姿には殺意が感じられる。

足が震える。身体全体の血が全て下がるような寒さを感じる。首筋に冷たさを感じる。

ナイフが大きく見えたとき、身体捻ってナイフをかわした。かわした瞬間にヤツの足下をすくう。ヤツが転んだ瞬間に手首を蹴り、続けてナイフを蹴り飛ばす。
駅員が走ってきたときに、周囲の人たちも加勢し、ヤツを身動き取れない状態にする。

続いて騒ぎを聞きつけた警官も駆けつけてくる。
ホームの上はポツポツと血痕がついている。誰か切られたか? そう思った途端に肩口が熱いことに気付く。俺の肩口から血が流れている。

「ふー」

大きい傷ではなさそうだ。ホッとして全ての力が抜け俺はホームにへたり込む…。

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秋の気配

2008-09-09 (火)

ローカル電車に乗り込んできた一人の女の子。
目を赤く泣き腫らし、鼻も赤くしている。
膝が隠れるくらいのスカートを穿き、十代の終わりくらいの年齢だろうか。
ロングシートに腰を下ろし、視線を下の方へ落とす。

———-

高校生活を送っている間、ミサはタカシと付き合っていた。
春が来て高校を卒業し、タカシは東京の大学へと進み、
ミサは地方の小さな町に残り事務員として働くことになった。

「東京ではもう桜が咲いたんですって」
「ねぇ。離れていてもずっと一緒だよね?」

「もちろんだよ。4年経ったら必ず迎えに来るから」
「それまでにだって、帰ってきたら必ずミサに逢いに行くから」
「こっちで桜が咲いている頃には一度帰ってくるから」
「それまでは毎日電話するから」

ホームにはローカル電車が入ってくる。

「必ず逢いに戻るから…」

開いた扉の中と外で手を伸ばす。東京へと旅立つ車内のタカシ。それを見送るホームのミサ。

ローカル電車の扉が閉まり、電車はゆっくりと走り出す。

**

桜の花が散り、光の眩しい季節へと移り変わる。

「ゴメン。ゴールデンウイークは帰れなくなった」
「サークルの合宿があって…」
「サークルに入ったばかりで簡単には帰れないんだよ」
「夏には必ずミサに逢いに帰るから」
「じゃあ切るよ?」

切れた電話を手にミサは軽く涙ぐむ。

 
季節は雨がちの鬱陶しい季節に変わる。

電話が途絶えがちになり、ミサの心は不安が増してゆく。
たまに繋がる電話の声にも、遠い距離を感じ不安になってゆく。

 
「夏休みもサークルがあるから帰れない…。ゴメン」
「9月に土日を使って帰るから」
「9月の第一週の土日。そのときには必ず帰るから」

(タカシの心の中に私はいるのだろうか?)
(大丈夫。タカシは忙しいだけよ)
(でも…)

ミサは自分自身にそんな問いかけを繰り返す。

**

青々としていた田んぼが、みるみる黄金色に移りゆく9月。
二人一緒に過ごしていた町の喫茶店

「ミサ。俺たち、もう別れよう」

タカシの口からそんな言葉が発せられた。

「……」
「必ず……」
「……」

ミサの目から涙が溢れてくる。
溢れる涙を堪え言葉を振り絞る。

「必ず迎えに来るからって言ったじゃない」

ミサは椅子から立ち上がり喫茶店を飛び出る。
涙でにじむ町を駅へと向かう。

半年前にタカシを見送ったホーム。その反対側のホームにミサはいる。
何度も改札に目をやるがタカシは追いかけてきてくれない。

涙が止まらない。
感じていた不安。でも逢えば不安は払拭できると思っていた。
それなのに…、タカシと過ごした三年間がこんなにも脆く簡単に崩れてしまうなんて。

ローカル電車がホームに入ってくる。
電車に乗り込み振り返る。タカシはいない。

ケータイを眺める。タカシからの着信はない。
シートに座り一緒に過ごした三年間を振り返る。
そして一つため息をついて、タカシとの記憶を消そうと決めた。

 
窓の外には黄金色の稲穂が一面に広がっていた。

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渋谷駅にサル

2008-08-20 (水) 16:28

今朝の9時台、東急東横線の渋谷駅にサルが出没したらしい。
都内23区にサルが出るときってたまにあるけど、人混みの渋谷駅に出るなんて…。

きっと…、多分…。

お盆休みに多くの人が帰省するわけじゃんか。
で、この間の16日土曜とか17日の日曜に帰省先の実家から
東京に戻ってきたわけですよ。

ガソリン高騰で新幹線などを使って帰省した人が多かったようですから
きっと混んでいたことでしょうね。

**

「ほら、タカシ。しっかり手を握ってるのよ」

とかお母さんが言って、混雑した新幹線に乗るのに息子の手を引いて帰るですよ。
新幹線に乗る時点で混雑していたわけし、通路に立って混んだままの状態で
東京まで帰ってくるのですな。

新幹線が品川あたりに到着して、もう一度タカシの手を握り直して新幹線を降り、
山手線に乗り換えようとしたときに気付くの。

「あら、タカシじゃないわ!」

と思うと同時に、ハッとサルだと気付いてキャーと叫び声を上げるの。

サルとしてもそれまで当たり前のように手を引かれていたから
気にしてなかったわけだけど、その時点で気付くわけですよ。

「ヤベエ、人間だ」

って。

もうそうなったら大変。うっきーうっきーと逃げるしかないですよ。
とりあえず山手線に乗っちゃってるけど、どこかで降りなきゃ降りなきゃと。

その結果飛び降りたのが渋谷駅だったわけですな。

同じサルである俺としては渋谷まで迎えに行ってこないとだめですかね。
うっきー。

それより本当のタカシ君はっ!?

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虹とスニーカーの頃

2008-08-18 (月)

** 1

夏ももうじき終わりに近づいている。

僕はいつもの海沿いの国道を走る。のろのろと流れる車の脇を軽快に抜かしていく。車の連なりが少し途切れるとアクセルを大きく開く。

視線の先に古いオートバイが映る。そのオートバイとの距離を縮めていく。

「あれ?」「三浦さんか?」

右側からするするっと古いオートバイの横に並び、ライダーを見る。
古いオートバイのライダーもこちらを見る。

「やっぱり!」

僕は笑顔になり、左手をあげる。

三浦さんは「おっ」とした顔をし、ジェットヘルメットのシールドを上げ、僕に向かい

「おう!」

と声をかける。

僕は笑顔で応え、前方にある片瀬西浜のパーキング入り口を指さす。

** 2

三浦さんとは冬の箱根で出会った。
大観山の駐車場で茶色く細長い煙草を吸っていた。口ひげをたくわえ、目深に帽子を被り、冷たい空気の中に白い息を煙草の煙を吐き出していた。

それから春先に一度西湘国府津のパーキングで偶然出会い、今日ここでまた偶然に出会った。

「相変わらずフェックスが似合いますね」
「お前もそのオートバイが似合ってるよ」

「古いオートバイ。いいですよね」
「今どきのオートバイだっていいじゃねえか」

「じゃあ交換しましょう!」

期間は一週間。一週間の間、僕はZ400FXに乗る。

** 3

セルを回してエンジンをかける。いつもとまったく違う振動が身体中に伝わってくる。

「じゃあ一週間後に!」

そう言って僕はクラッチをつなぐ。慎重に発進し国道へ出る。
鵠沼橋を右に曲がり路地へと入り込む。

走らねー。 止まらねー。 曲がらねー。
気付くと身体が強張る。意識して身体から力を抜き、一つ一つの動作に気をつけてみる。
シフトダウン。エンジンブレーキ。
普段、車体制御以外の制動・減速の動作のほとんどを、フロントブレーキに頼っている。そんな身体に染みついた動作から、エンジンブレーキ、リアブレーキも有効に使っていく動作へと変化させていく。

しっかり減速し、自然に寝かし込んでアクセルを開いて加速に移す。そう。今の調子だ。
もう少しメリハリ付けて。
腰から下を有効に使い、しっかり旋回し、しっかりと加速させる。
よし、よくできてきた。

きちんと乗ってあげさえすれば、ニュートラルなハンドリングのいいオートバイだ。

** 4

空を眺める。
入道雲が湧いて出てくる。
夏の空を見られるのもあと少しだろうか。昼間はまだまだ真夏と言う気温でも、吹く風に秋の匂いが混じる。

夏も終わりか…。
今年の夏…。やり残したこと…。
何があるだろうか…。僕は考える。

「そうだ。海水浴だ!」

僕は笑顔になる。とてもおかしかった。
だって、海水浴なんてもう何年もしてないのだから。
昨年も一昨年もしてないのに、今年の夏に限ってやり残したことというのも変なのだけど、でも…、今の気分では確かに海水浴がやり残したことだ。

電話ボックスを見つけプッシュボタンを押す。

「もしも?し。トシコせんぱいですか??」
「トシコ先輩。海行きましょう。うん。うん。そう、海水浴。行きましょう!」
「じゃあ明日。先輩が部活終わったくらいに柳小路の駅まで迎えに行きますね」

** 5

いつも履いているブーツに足を入れ、少し考えてから脱ぐ。
AVIAのスニーカーに履き替えて靴紐をしっかり締め直す。

ヘルメットのシールドを下げ、クラッチをつなぎオートバイをスタートさせる。

武田薬品前を普段の半分以下のスピードで走り、弥勒寺から裏道、裏道へと走る。

 ♪ 

うん、楽しい。
真夏の時よりほんの少し弱くなった陽射しを浴びて走る。
南藤沢で片瀬県道に出てまた路地に入り柳小路の駅へ。

「待った?」

   「青いオートバイではなかったの?」

「友達と交換しているんだ。一週間だけね」

   「バイクとかオートバイと言うより単車という感じで素敵ね」

「僕に似合うかな?」

   「どうかしら。走ってみないとわからないわ」

「行こう。乗って」

** 6

慎重にオートバイを操作して、海沿いの国道へと南下する。
国道に出たら右折して鵠沼の海水浴場へ目指す。

信号で止まったときにトシコ先輩が言った。

   「似合ってるわ」
    「高い身長にとっても似合ってる」
    「背中から見ているととっても素敵」

僕は笑顔で応える。

真夏の間は大混雑だった海沿いの国道も、夏の終わりを迎え、平日にはずいぶんと空くようになった。鵠沼海岸までは数分で着いた。

「水着は?」

   「着ちゃってるから、上を脱いだらすぐに泳げるわ」

「僕も同じ。すぐに海に飛び込める」

晩夏の陽射しを身体全身に受けて、海で泳ぎ、トシコ先輩と水で遊ぶ。
湘南の生まれ育ちのトシコ先輩は、僕と変わらないほどに泳げる。
急に海面からいなくなったかと思うと、水の中から僕の足を引っ張る。
水面から顔を出すと大笑いしている。
僕も水の中にもぐってトシコ先輩を水中に引っ張り込む。

** 7

   「疲れた?。ずいぶん日焼けしたね?」

「降ってきそうだな」

   「え?」

「雨…」
「降ってきそうだ」

水から上がってあたりを見渡すと入道雲が大きく発達し、上空を覆っていた。
雲がなかったらちょうど日没する夕日が綺麗な時間だ。
周囲を見回すと海水浴をしていた人たちはみんな上がり、人気はまばらになってしまっていた。

雨滴が頬に当たる。大粒の雨滴。
大粒の雨滴が次々と空から降ってくる。

「行こう」
「あっち」
「あそこ、屋根がある」

僕はトシコ先輩の手をひいて駆ける。
屋根のあるところまで移動した頃にはすっかり土砂降りの雨になってしまった。

「すぐにやむよ」
「ここで少し雨宿りしていよう」

** 8

小屋から大きく延びているひさしに雨滴が当たる。
雨が当たらない砂地に腰を下ろして雨に煙る海を眺める。

   「ねえ、今日は何で私を誘ったの?」
    「わかった。今日は違うオートバイだから、違う女の子が良かったんでしょ?」
    「私の彼氏に見つかったらキミは半殺しね。彼が怖いのはキミもよーくしっているでしょ?」
    「キミの彼女にみつかってもキミは半殺しね」
    「どっちにしてもキミは半殺しよ」

言葉を遮るようにキスで口をふさぐ。

   「ちょっと、まっ…だめ…」

さらにキスで口をふさいでしまう。

雨滴は小さくなり、だいぶ小降りになってきた。あたりはかなり暗くなっていた。

「日が沈むと寒いだろ」

トシコ先輩の後ろに回り、背中から両脚で挟むように抱き包む。
後ろから腕を回し、トシコ先輩の身体を抱き包む。

心臓の鼓動が早くなる。

あたりは真っ暗になって、波の音が穏やかに聞こえる。
トタン屋根にぶつかる雨滴の音はもうしなくなっていた。

** 9

首筋にキスをする。胸の膨らみを掌で被い指先でまさぐる。

緊張しているのを悟られないように静かに深呼吸をする。
さっきキスで口をふさいだじゃないか。首筋に這わせているキスをトシコ先輩のくちびるへと移動させればいいだけじゃないか。
頭の中で考えれば考えるほど心臓の鼓動は早くなってゆく。

「あまりに先輩がかわいくて…」

そう言って思い切って首筋から、くちびるにキスの場所を変えてしまった。
トシコ先輩は後ろを振り返る形になり、僕はトシコ先輩の頭を後ろから包み、舌を絡めてキスをした。

頭を包んでいた腕は背中へと降りる。背中をまさぐりビキニの紐に指が掛かる。
後ろからビキニの紐をほどくと、胸と抱えた膝の間にビキニが挟まる。
日焼けしてうっすら白く浮かび上がる紐のラインを指先でなぞる。
ラインをなぞり、さっきのように胸の膨らみを掌で被せる。今度は直に掌で被い、直に指先で突起をまさぐる。

「……」
     「ん……」

「ごめん…」
「送るよ」

**10

トシコ先輩を乗せてオートバイを発進させる。
国道を茅ヶ崎へ向けて走り出し、浜須賀を右折する。

後ろから脇腹を抓られる。振り返るとトシコ先輩の声が聞こえた。

   「キミは意気地なしさんなのね」

外れてはいなかった。勇気がなかった。
もしも、もっと早くに雨が降り出して…、そして、もっと早くに雨が止んだら…、海に虹が架かっただろうか。虹は架からなくても雲の切れ間から天使の梯子が降りてきたことだろう。

暗闇の海に波の音が広がる。暗闇が僕から勇気を奪う。

   「半殺しにされるのが怖いかったの?」

「ごめん…」

海を背に、僕は大きくアクセル開けてオートバイを加速させた。

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夢の中で。

夢の中で。

2008-08-08 (金)

「乗ってきていいよ」
「ほら、キー」

富田さんはそう言って鍵を渡す。

「思いっきり回して乗ってきていいから」
「しばらくぶち回してないだろ?」

そう付け加えると富田さんは仕事場へ戻っていった。

**

「さて。どうしたものか」

もう長いこと乗ってない。

富田さんのオートバイはGSX-R。今日日のオートバイじゃ回しきれないだろうから、これくらいがちょうどいいか。なにしろもう何年も乗ってないのだから。

「どうせ夢の中の話だろ?」

明け方の浅い眠りの僕は半分覚醒し、これが夢の中の話だとわかっている。
でも、夢なら夢でスカッとしたい。

ニュートラルランプを確認。そうだ、昔、ニュートラルランプが点いているからと言ってセルを回したら、ギヤが入っていて、セルの力で押し出されたGSX-Rはいとも簡単に倒れていったっけ。
右中指で軽くフロントブレーキを握り、左手ではクラッチを握る。
セルを回すと簡単にエンジンは目覚める。
ヨシムラサイクロンから心地の良い音色が聞こえる。

何度か借りて乗ったことはある。自分のオートバイと交換して乗ったり、厨房の安本さんが指をざっくり切ったときは、病院まで運んでいった。苦情対応に行くのに借りて乗ったこともあった。
だけどぶち回して乗ったことはない。

GSX-Rに跨り、サイドスタンドを蹴り上げ、クラッチを握り1速に落とす。
3000rpmから動き始めるタコメーターの針が跳ね上がりクラッチミート。

最大トルク域から最高出力域を使って加速。

そうだ。その感覚だ。
出来ればもっと走りたい。でも覚醒はどんどん強くなる。外も明るくなってきている様子。そろそろ起きる時間だろう…。

携帯電話から曲が流れる。毎朝同じ時間に流れる目覚まし。

「ちっ」

予想通りのタイミングで起こされたな。あり得ないぜ。

ベッドの中で今見ていた夢を反芻する。

走り出せと言うことなのかな。アクセル全開で。
エンジンや車体は手に入る。あとは乗り手である自分自身次第という訳か。

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目力

目力

2008-07-29 (火)

最近「目力(めぢから)」という言葉を聞く。
「眼力」だと「がんりき」なので、「めぢから」だったら
漢字は「目力」なんでしょう。

で、その目力ってなんじゃらほいって話なんだけど、
まぁ、漢字を見れば何となく意味はわかる。

要するにアレだ。
中坊とか高坊のときに、例えば横浜駅西口からビブレとかハンズに行く道の
途中とか、或いは、中華街でとか、或いは、修学旅行で行った先の京都で、
他の学校の生徒と睨み合うような学生時代を過ごした人が
目力が強いって訳だな。

先日、横浜西口の寿司屋に行って12カンかそこいらをつまみ、
日本酒をちょろっと飲んで帰路に就く。
高島屋のところの交番前を通ったときにふと警察官と目が合う。
別に悪いことはしてないし、何もやましいこともしてないのだけど
警官が目をそらさないから僕もついつい目をそらせなかった。

1秒、2秒、3秒…息を呑み睨み合いの様相になる。
4秒、5秒、6秒…。くわっ。

負けたっ!!

ちくしょー、本職の目力にはかなわねーぜ。

えっ、目力って、ガン飛ばして勝つか負けるかの話じゃねーの?

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コメディ・東屋でござる

2008-07-22 (火)

横浜中華街 小さな公園にある東屋

中華街の喧騒の中、東屋では怪しい風体の連中が集まっている。
中年を過ぎた年齢の者、まだ二十歳を超えたばかりくらいの若者。
男ばかりではなく、女もいる。子連れのファミリーもいる。
サラリーマン風の者。アウトローのような風体をした者。車椅子の者までいる。
どの様な集まりかはまるでわからない。

それらの連中が思い思いにウイスキーのグラスを傾けたり、
つまみに手を伸ばしたりして談笑している。

**

遠くからオートバイの排気音が聞こえる。
喧騒溢れる中華街の路地にも拘わらず東屋まで聞こえると言うことは、
かなり大きな音を立てて走ってきたようだ。

「誰か来たかな?」

「カワサキの単車の音だな」

「山本じゃねーの?」

「山本は先週トンネルにへばりついてあちこち骨折して入院しているはずだぞ」

「まさか来るはずないよね」

「ねえ、チャゲさん?」

皆が車椅子のチャゲの方を見る。

「この音はZRXだな。その”まさか”。きっと山本だろうな。
      おっはよー!と言いながら入ってくるんじゃないかな」

と、チャゲが言う。

それからすぐにタイヤを鳴らしてZRXが止まる。
長身のライダーはバイクから降りるとヘルメットのシールドを上げ、

「おっはよー!!」

と言いながらこちらに向かって歩き出した。

「あははははははは」

東屋にいた一同が大笑いする。

「山本ぉー。お前、トンネルとお友達になって入院してたんじゃねーのかよ?」

「今日はゴリラのような男の看護師が担当だったから逃げてきたんだよ」

「しょうもねーなー。ギプスで固めたままオートバイで高速使って200キロも走ってくるヤツなんてそういないぞ」

「今日は泊まっていくんだろ?
   傷の早い回復には一杯飲むのが血行が良くなっていいぞ」
「ジンジン、ドックンドックンと気持ちよくなるぜ」
「せいぜい悶えてくれよ」

「オートバイは誰かに回させればいいな」
「アキオ。あとでホテルまで回してやってくれ」

**

中華街の路地に行き交う人々を見ながら缶ビールを飲んでいたカーナシがジッと一点を見つめている。
それに気付いたものが一人、また一人と一点をジッと見つめては火花を飛ばしている。

「オイオイ、何をみんなでガン飛ばしてるんだよ」

そう言いながら車椅子の向きを変え、皆が見ている先に視線を移すチャゲ。

「大人気ないな」

ぼそっとつぶやく。

どうやらガンを飛ばしていた相手は二人の警官のようだ。
その警官は東屋に向かって歩いてくると周囲を見回し、

「みんなお酒を飲んでいるようだけど、バイク乗りっぽい人もいるね」
「まさか飲んで運転して帰ることはないよね?」

「もっちろーん」とビールを煽りながら山本が言う。

「ちょっとここの会の責任者は誰かな?話を聞かせてもらいたいんだけど」

と警官。

「責任者は俺だけど、何を聞きたいの?」

と、車椅子のチャゲが言う。

「キミ?」
「本当にキミ?」

警官は車椅子のチャゲの姿を眺めては素っ頓狂な顔をしている。

「その素っ頓狂というか、鳩が豆鉄砲食らったような顔はなに?」
「車椅子のヤツが責任者だったらおかしいかい?」

サングラスを外して警官を睨み付けるチャゲ。

 
「私も共催している責任者の一人ですが」
「申し遅れました、私、ミナトテレビ報道局のこういう者です」

と、ジャックが首から提げたIDカードを警官に見せながら言う。

その姿を見ていた周囲の連中から
「ジャックさん、さっきまでIDカードぶら下げてませんでしたよね」
の声が聞こえる。

 
「あー、日本通信社の和倉と申しますが、
    すいません。どうしたんですか。事件ですか?」

見るからに報道カメラマンの風体をした和倉が立っている。
腕には日本通信社の腕章をし、
大きく長いレンズを付けた一眼レスカメラを二台ぶら下げて、
手には手帳とボールペンを持っている。

「和倉さん、さっきまで子煩悩なパパの顔をして娘さんと遊んでませんでしたか?」
「それよりもいつ着替えたんだろ」

笑い声混じりにそんな声が聞こえる。

 
「君達も仲間なのか?」
「それよりもこの車椅子の彼が本当に責任者なの?」

と、警官が言う。

「だからさっきから責任者は俺だと言ってるでしょ」

チャゲが段々イライラしてくる。

和倉は警官に畳みかけるようにと次々と言葉を投げかける。

「それで、どのような事件なんですか?」
「報道の自由を奪うんですか?」
「国民の知る権利も奪うんですか?」
「あなた方には事件のあらましを説明する義務がある!」

 
「ねーよ」

そんな声が周囲から聞こえて、クスクスとした笑い声がする。

「ここじゃなんだから、すぐそこに薩摩町署があるからちょっとご足労願えないかな」

「ちょっと待った」

2mほど離れて座っていたM姐が言う。

「お巡りさん、警察官職務執行法の第2条言ってみて」

「え?第2条は…第1項が…えーっと…」

警察官が条文を言い始めるよりも前にM姐が言い出す。

「第二条  警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる」
「それでは、この場合、犯罪を犯してますか?またはこれから犯罪を犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由を説明して下さい」

警官が口を挟むよりも前にM姐が続ける。

「第二条の2項では その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる」
「そうありますが、この場合、どこが本人に対して不利であり、公園という場に於いて交通の妨害になり得る理由を説明して下さい」

さらに警官が口を挟むよりも前にM姐が続けようとする。

「第3項では…」

と、言い出した頃に後ろから歌が聞こえてきた。

鳴り渡る 自由の鐘に♪
盛り上がる 平和の力♪

 
警官が歌を歌っている男の姿を見た。

男はなおも歌を続ける。

明るくも 正しく 強く♪
挙りたつ 我ら4万♪
その名こそ おお おお……♪

「他所のことに首を突っ込むことはしないが、
   法を犯すことはしないと約束できるので、
   ここは一つ………な?」

男の言葉で警官は引いた。

「くれぐれも飲酒運転はしないようにして下さい」

そんな言葉を残して二人の警官は中華街の雑踏に消えていった。

 
「ところでM姐さん。なんでそんな条文を暗記しているんですか?」

カーナシが聞く。

ニヤニヤと笑ってるだけで答えないM姐。

「チャゲさん、教えて下さいよ」

チャゲに振るカーナシ。

「昔、レディースだったんだよ。鉄パイプ持って、車高短に箱乗りしてたって聞いたぜ
   現役時代に警官とやり合うには理屈も必要なんだろ」

「チャゲこらー!!」

「ちょ…まて…それ障害者虐待だって」

「都合の悪いときだけ障害者ぶるなー!」

「あははははははは」

東屋に笑い声が響く。

「ところで内田さん。さっき…」

チャゲがさっき歌を歌っていた男=内田を見ながら問いかける。

「さっきの歌はなんの歌なんですか?」

「ん?さっきの?ああ、あれ、警視庁の歌なんだ」
「神奈川県警の歌を知らなかったので警視庁の歌を歌ってみたの」

「そんなところだとは思ったけど、警視庁の歌なのか」
「しかし、内田さんIT業界なのに同業の振りしているんだもん
   笑いを堪えるのが大変だったよ」

「警官だなんて一言も言ってないでしょ」
「ただ警視庁の歌を歌って、法は犯しませんから、一つ…。
   と、言っただけじゃんね」

「タヌキとキツネばっかだな」

「さて、飲み直そうか」

「乾杯。おつかれー」

夏の東屋の夜は更けていった。

※この話は登場人物が誰かに微妙に似た人がいちゃったり、松戸の帽子の男に出てくる人物に似ている人がいちゃったりなんかしますが、ただのパクリですから気にしないで下さい。はい。(^_^; あと、もちろん、100%フィクションDea??th。
最後に、スピード感大事にしたかったら書いているうちに警官を畳みかける形の文章になっちゃったけど、本職の人みてたらコメディと言うことで笑って許して下さい。(^.^)ご(-.-)め(__)ん(-。-)ね(^.^)

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黒猫にゃー。の冒険 -4 急いで絵を運ぶにゃ

2008-05-25 (日)

配送に使われている小さなトラックの助手席に、黒いにゃー。がいます。
黒いにゃー。は大人しくシートにちょこんと座っています。
どうやら、営業所から荷物を届ける配送トラックに、一緒に乗り込んだようです。

「あと何件配送するにゃ?」

  「うーん、あと10箇所くらい荷物を届けたら終了だよ」

「もう飽きたにゃ」

  「もうちょっとだから大人しくしていてね」

小高い丘の道を走っていると、急に目の前が開けました。

「!」

「海だにゃ!」

「にゃー!にゃー!」

ドライバーが次の配送先にトラックを停めると、黒いにゃー。はトラックから飛び降りました。

「海はいいにゃ」
「海の向こうには何があるのかにゃ」

黒いにゃー。は海へ向かって坂道を歩き出しました。

**

「にゃ?」

坂道を歩いていると何かに気が付いたようです。
坂道の途中のアトリエには女の人が絵筆を持って大慌てをしていました。
アトリエの表札には「画家 キキ」と書かれています。

黒いにゃー。はしばらく眺めていました。

画家のキキさんは黒いにゃー。に気付くと、黒いにゃー。を抱き上げて話しかけました。

  「どうしよう…」

「にゃー、にゃ?」

  「明日までに展覧会の会場に絵を持っていかないとならないの」
   「でも…、業者の手違いで明日までに持っていけなくなっちゃったの」

「にゃー!」
「にゃー!にゃー!」

  「こんなことネコちゃんに言っても仕方がないわね…」
   「ネコちゃん、ごめんね」

「にゃー!にゃー!」

黒いにゃー。は画家のキキさんの腕の中から離れると走り出しました。

「にゃー。が届けるにゃ」
「探すにゃ」

黒いにゃー。は、さっきまで乗っていた、配送用のトラックを探しに走ります。
坂道を降りきる手前でやっと配送中のトラックを見つけました。

「いたにゃ!」
「乗り込むにゃ!」

  「どこへ行ってたんだい?」
   「もう全部配送終わったところだから営業所に戻るぞ」

「運ぶにゃ」

  「ん?もう全部配送し終わったんだぞ」

「まだあるにゃ」
「あっちに行くにゃ」
「こっちにゃ」

ドライバーは黒いにゃー。の言う通りにトラックを走らせます。

「ここにゃ」
「ここに行くにゃ」

  「ここがどうしたんだい?」

「キキさんが困ってるにゃ」
「キキさんの荷物を運ぶにゃ」
「キキさんのところに行くにゃ」

ドライバーはわけもわからぬまま、アトリエのインターホンを鳴らします。
アトリエの中からは画家のキキさんが焦り疲れた顔をして出てきました。

     「あら…、さっきのネコちゃん」

  「このネコが、ここに来る仕草をしたものですから、ちょっと来てみたのです」

ドライバーは弱った顔をして

  「何か荷物はございますか?」

と聞きました。

     「実は…。この絵を展覧会の会場まで運ばなくてはならなくて…」

  「絵ですか…。うーん、まいったな」

     「やっぱり運べませんよね」

「にゃー!!」

  「そうだ。美術品を運ぶ専任スタッフが今、どこにいるか聞いてみますね」

  「もしもし…」

ドライバーは電話をかけ終わると笑顔で

  「大丈夫」
   「近くに美術品を運ぶ専任スタッフがいるので、今からこっちに向かってもらいます」
   「安心して下さい。明日に届けられますから」

画家のキキさんの顔がみるみる明るくなって、黒いにゃー。を抱き上げました。

     「ネコちゃんが連れてきてくれたのね。ありがとうね」

**

翌日。約束通り、展覧会の会場にキキさんの絵が届けられました。

展覧会の会場では、キキさんの絵の下に黒いにゃー。がちょこんと座り、誇らしそうな顔をしていました。

???
画家 キキさん(伊藤久美子さん)のサイトはこちら。

http://kiki.kumiko-ito.com/?eid=875127
キキさんの大好きな場所が七里ヶ浜なので、七里ヶ浜から上った先辺りをイメージ。

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