加速装置

2010年 3月 13日(土曜日) 20:03

体育の時間が憂鬱だった。

身体が小さく、弱く、風邪もしょっちゅうひくし、扁桃腺を腫らして学校を休むときが多い僕。球技も苦手だし、走るのもとても遅い。
幼稚園の時のかけっこから、小学生になり50m走、100m走といつもビリ。

好きなことと言えば部屋の日の当たるところに寝転がって本を読むこと。遊びに行くときは画用紙を持ち、そのときの情景を描いていた。

身体を動かすのはとても好きで、典型的なインドア…、というわけではないけど、かなりの運動音痴だから、体育の時間はいつもクラスのみんなに笑われる。
小学校の高学年の頃、テレビでサイボーグ009が放送された。
その中でサイボーグ009が奥歯を噛んで「加速そーち!」と言うシーンがあった。当時のクラスのガキどもの多くが真似をしていた。僕も真似をして走った。

加速装置が本当にあるかのように、奥歯を噛み、自分が走るのが速くなったかのように想いを持って走り出す。

「加速そーち!」

それまで走ることがつまらなかったのが、その頃からなぜか楽しくなった。
学校からの下校道。川沿いの道を走る。意識して一歩を大きく大きくと踏み出す。
そして強く、強くと地面を蹴る。速く速く、力強く地面を蹴って進む。

息が切れる。

「ぜえぜえぜえ」

呼吸が整うのを待ってもう一度強く、強く、大きく、早く。
前へ、前へ!

そうして毎日走っているうちに身体も強く、大きくなっていった。

秋。運動会が近づき、クラス対抗リレーの選手を選ぶ。
選び方は単純明快。校庭で走って速いヤツを選ぶ。男子3名、女子3名。
僕はもちろん選ばれるなんてあり得ないポジション。
クラスの誰もが僕が選ばれるなんてことは考えもしない、言わば、眼中にない状態。
それでも選考は全員が走らなくてはならない。

僕が走る番がやってきた。

「よーい!」
「ドン!」

いいスタートが切れた。スタートしてすぐに僕は心の中で「加速そーち」と力を込め、強く地面を蹴り出す。
強く、強く、速く、速く…。もっと強く、もっとストライドを大きく。もっと力を込めて!!!

誰もがあり得ないことだと思った。
僕自身が一番あり得ないことだと思った。
その年の運動会。僕はクラス対抗リレーに出場した。
そして僕のクラスは優勝した。

それから中学、高校。
上には上がいて、学校で一番にはなれたことはないけど、常にクラスで1?2番にはいた。
さすがに心の中で「加速そーち」と唱えなくなったけど、それでも 強く、強く、早く、早く、大きく、大きく と意識して走る。

今も同じく

強く、強く、早く、早く、大きく、大きく

そして 遠く、遠く、どこまでも大きく、遠く!

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鼻腔をくすぐる

鼻腔をくすぐる

2009-11-28 (土)

ふと耳にした尾崎豊の卒業。
イントロが流れ「校舎の影 芝生の上…♪」と曲が進行していく。
そのときふっとかすかなニオイが鼻腔をくすぐる。
良い匂いとは言えない、かといって悪い臭いでもない、
どこか懐かしいニオイ。
そうだ。森田さんのサニーの室内のニオイだ。

バイトが終わり、これからドライブに行こうか?と森田さんが言う。
いいですよ。と僕。

森田さんのサニーの助手席に乗り、深夜のR134に出る。
外は雨。前を走る車の赤いテールランプが雨で滲む。
ワイパーが左右へと動き、雨滴を払ってゆく。
雨滴を払った瞬間だけ赤いテールランプがクリアになり
そしてまたすぐに赤いテールランプは滲んでいく。

どこに行こうとは決まってなかったけど、箱根方面に行こうとなり、
R134から西湘BPに入る。

ちょうどそのときに、車のラジカセから聴こえてきた曲。

歌詞のように格好つけて生きていたわけではないけど、
初めて聴いたその曲に心奪われた。

あのときに鼻腔が感じていたニオイ。
サニーの室内のニオイ。そして窓を少し空けて車内へと流れ込んでくる
雨と海からの潮の匂い。

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8月 AM 9:00 CycleRider 3/3

2009-06-11 (木)

箱根の山を一人のサイクルライダーが走る。
標高が上がるに従って霧は濃くなる。
そのサイクルライダー ?? ヒトシのペースは変わらない。
ときどき顔をゆがませながらも、ただひたすら黙々と霧の上り坂を上っていく。

ヒトシはその気配に気がついた。

意識を集中させてその気配を探る。集中させなくては捉えきれない些細な音。
しかし、よく集中させれば確実に捉えられるその気配。

濡れる路面をタイヤが捉える。
ペダルを踏み込み、チェーンがきしみをあげる。
吐き出される呼吸。

ヒトシは確信した。

「後ろにいる!」

緩い右のアールを利用して後ろを振り返ってみる。
そこに広がるのは真っ白な霧の世界。
霧に隠されて姿は見えない。

「よし、付いてきてみろ」

ヒトシはそう呟くとペダルを踏み込む脚に力を入れた。
 

○峠を下った先の喫茶店

「おかしいと思いませんか?」

そうヒトシは言う。

「ペースを上げても付いてくるんですよ」
「顔を見てやろうとペースを下げればそいつも同じようにペースを落とすし」
「絶対に前に出してやろうと思ったんですけどね」

店を一人で切り盛りしている女性??ミカは、ヒトシが注文した二杯目のコーヒーを淹れながら、ヒトシの話す言葉に耳を傾ける。

「峠を上りきったあとはどうしたの?」

コーヒーを淹れる手を止めてミカは言う。

「それがおかしいんですよ」

ヒトシは少し前に起きた出来事を思い返してみる。

上っているときは…多分、20mか…30mくらい後ろをずっと走っていた。
下りに変わって心なしか近づいて来ている気がした。
そうだ。すぐにそれは確信へと変わり、みるみる近づいて来たんだ。
ヒトシは思い返した出来事の一つ一つミカへと喋っていった。

「霧が晴れてきて…、下まで見渡せた瞬間に…」
「その瞬間に右側から追い越される気配がしたんです」
「遠くを見渡せていたことに気を取られて…」

「抜かされた気がしたんですが、いませんでした」
「もちろん、振り返りもしたし、左側も見ました」
「でも…」
「いなかったんです」

**

喫茶店の駐車場に一台のオートバイが入ってくる。
オートバイのライダーは喫茶店の扉に手をかけ、その扉を開く。

「あら、ナオちゃん」
「いらっしゃい」

カウンターの中からミカが声をかける。
どうやらオートバイの男??ナオヒサはこの喫茶店の常連のようだ。
ナオちゃんと呼ばれるには似つかわしくない長身で強面の外見をしている。

「外の自転車は、キミの?」

ナオヒサはヒトシにそう声をかけ、ヒトシはそれに肯く。

「今来たところ?」

ヒトシは首を横に振り

「30分くらい前…、いや、1時間は経ってないけど、そう、30分以上は前」

「そか…」

ミカは怪訝な顔をしている。

「実は…。」

ナオヒサが切り出す。

「霧が濃かったからゆっくりと上ってきたんだ」
「そうだな40km/hくらいだな」
「ミラーで後ろを見ると、ちらっちらっと、何かいるんだよ」
「あれは自転車だな」
「サイクルライダー。オートバイではないよ。もっと小さいし」
「エンジンの音もなかったのだから」

「でも、おかしいと思わないか?」
「俺はゆっくり走っていたとは言え、それでもオートバイだ」
「あの急な上りを自転車に付かれるはずはないだろ?」
「それもずっと付いてきたんだぞ?」

ナオヒサは自分に問いかけるように喋る。

「自転車なわけないよな?」
「そんなはずあるもんか!」

「ナオちゃん…実は…」

ミカが切り出す。

ミカに替わってヒトシがさっきまでの話を繰り返す。

「まさか…」

「そういや…」

「先月だったっけ。ほら、峠からこっちに下った先で事故があったのって」

ナオヒサがミカへ問いかける。
ミカの表情が曇る。

「あの日は、確か、台風が近づいて来ていて」
「店を開こうか迷ったのよ」
「でも、モーニングを食べに来てくれるお客さんがいるからと店に向かったの」
「その途中で後ろから救急車が来たわ」

「確か、自転車乗りが吹っ飛んでどこかに激突したんだったよな?」
「死んだのか?」

「うん」
「救急車が来たときにはもう…」

「そうか」
「そいつが走っていたのかもしれないな」

「ちょっと俺…」
「ひとっ走り行って花でもあげてくるよ」

三人は扉を開き外を仰ぎ見ると、空には青空が広がっていた。

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7月 AM 8:00 台風直前 2/3

2009-06-11 (木)

52×15夜が明けている時間だけど薄暗い風雨の中を走る。
先頭を行くハルが右腕を差し出しコンビニを指さす。
コンビニの駐車場で休憩する。グラブでぬめる指先をレーパンジャージで拭い、おにぎりを口にほおばる。そしてコーヒーで流し込む。

「一気に上れるかな」

「テツは黙々と行けそうだな」

「俺は無理だな」
「絶対途中で挫折」
「すでにヤバイ」

「箱根峠から県道の20」
「箱根峠で一度待ち合わそう」

「OK」

「じゃあ俺は先に行くぜ。畑宿までには間違いなく挫折して休み入れるからよ」
「お先」

52×19マジに畑宿までだな。
42×17うへー
42×21うへー。23入れてくりゃ良かった。
一番軽いギヤでひたすら上る。うへーと思いながらも小気味よいリズムでクランクを回していく。山影になり強い風も一段落している。
左にアールを取り、一時的にきつい勾配になるときだけ、ペダルに立ち上がり強く踏み込む。
しかし、その小気味よいリズムも、呼吸の乱れとともにリズムも乱れていく。
右のアールで後ろにハルがいることを確認する。あっという間に追いつかれ、俺を抜き去ると大きく無駄なアクションを取ってぎしぎしと上っていく。

42×21身体全体から湯気が立ち上っているんじゃないかと思う。
少し休もう。でも休むと走り出すのがしんどくなる。でも休んだ方がいい。
頭が葛藤を起こす。
畑宿。左のヘアピンの急勾配をなるべく勾配を減らすためにセンターライン側へと向かう。
だめだっ。無理だっ。降りて汗を拭い自転車を押す。
押していると先行していったハルがタイヤを交換している。
パンクしたタイヤを木の枝に投げ飛ばし、

「うわっ、ヘビだっ!」

と笑う。

「先行くぞ」
「すぐに追い越されるだろうけどな」

身体を前に屈ませハンドルステムを掴む手に力を入れる。

黄色のジャージ姿が現れ、大魔神とテツが上っていく。
追い越しざまに、「乗れ!漕げ!」とかすれた声が聞こえる。

ようし、もう一番急なところは終わる。
跨るとペダルを踏み込む。
42×21重い。ペダルが重い。重いペダルを踏み込んでいく。
だが二人の背中は徐々に離れていく。
同時にハルが横に並ぶ。タイヤ交換で遅れていたのをリカバーしてきた。

よし急坂は終わり踏み込んでいく。この先は一度下る。下りで一気に詰めよう。
52×13視界が開け、スピードが上がるに従って雨滴が強く当たる。
袖で目の回りを拭いてはさらにスピードを上げていく。

ハルと並び、テツと大魔神を追う。背中は見えている。
42×17もう一度上るが適切にギヤを選び一気に上る。

「よし、離されない」

芦ノ湖までの下りで一気に追いつき追い越そう。

52×13一気に行くぞ。ドロップハンドルのブレーキレバーの付いている付け値を握り、全体重をかけてペダルを踏み込む。

「 ! 」

その瞬間すべての負荷が失われた。

「 ? 」

空を飛ぶ。ほんの数秒。無音の中で空を飛ぶ。
近づくアスファルト。

「 ! 」

左肩から強く打ち付けられ、雨で滑りやすくなっている路面を転がりどこかに激突する。
頭の中で音が激しく鳴り、すぐに白くフェードアウトしていった…。

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7月 AM 3:00 台風直前 1/3

2009-06-10 (水)

「今晩から走り行こうぜ?」

終業式の最中にハルが言う。

「どこへ?」

「どこか。例えば…、伊豆とか」

「台風だぜ?」

「だから行くんだろ?」

「バイクか?」

「チャリの気分」

「泊まるところは?」

「台風来てるんだぜ。観光客なんていねーからガラガラだよ」

「よし、じゃあ行くか」

「1時に影取。モノレールの下」

「OK」

深夜1時30分 影取

「よし行くか」

ハルが飛び出す。
続けてテツが出て、俺、タカシが飛び出し、最後に大魔神が出る。
強い向かい風を脚力で切り裂いていく。
すぐに藤沢バイパスへと入る。きっと誰もがニヤリとし、ハルの確信犯だと分かる。
台風が来ている強風の中の自動車専用道を強くペダルを漕ぎ進む。
自転車が思いっきり傾いた状態でまっすぐに進む。時折強い風が吹くと大きく飛ばされる。
強い風と、時折叩きつける雨粒が口に入る。
聖園を過ぎるとずっと平坦になる。
腕でドロップハンドルを引き上げる。
背筋に力が入り、片足は強く踏み込み、片足は強く引き上げる。

52×13ひたすら漕ぐ。
テツと並び追い越してはハルのスリップストリームに入る。
ハルを抜き去り先頭に出る。
52×14橋梁の軽い上りで大魔神に抜かされる。続けてテツにも抜かされる。
52×13橋梁の下りを利用して、ハルが仕掛け、俺が付いていく。
テツと大魔神を抜かす。

R1をひたすら漕ぎ続ける。
大磯。
警察署の前から警官が飛び出してくる。
ヤベっ。
無灯火くらいのことだけど、車の来ない対向車線へ逃げて、軽く警官から逃げ去る。
52×13雨滴が顔を流れ、雨滴と区別が付かない汗が流れる。
ぎしっ、ぎしっ。音が鳴るかのようにフレームがしなる。
後ろを振り返ると警察署からカブが飛び出し追いかけてくる。
二宮で左へと左折する。
52×17深夜の住宅街の路地をくねくねと曲がり、身を隠せそうな場所に逃げ込む。

一息吐き、煙草の煙が口から吐き出される。

「やめろよ」
「見つかったら只じゃ済まないぜ」

「逃げればいいじゃん」

「もう来ないかな」

「もう大丈夫じゃね」
「だいたい悪いことしてねーし」
「無灯火くらいだろ?」

「その煙草!」

「そか。あとは…」
「家出少年にでも見られちゃってるかな」

「少なくとも、チャリじゃ暴走族には見えないよ」

「さて、そろそろ行こう!」

「行く前に海見ていこう」

「見えるかな」

「西湘の下からどっか海に出られるべ」

「よし行こう」

急に街灯のない真っ暗闇が広がり、強い風とともに潮水が身体全体へと打ち付ける。
テトラに打ち付ける波の音と、風の音が台風の近づきを示している。

「箱根…越えられるかな」

「越えられるかじゃなくて越えるの」
「そこんとこ4649」

「ばーか」

「この程度じゃ道は通行止めにはなってないだろ」

52×13よし行こう。台風の向こう。台風一過の青空の下へ。

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1993年6月。19:00 China town

2009-06-10 (水)

この季節、外はまだ真っ暗にはなっていない。
夕方になって空には鉛色の雲が広がった。
この季節、ここを色で表すならば鉛色だ。
梅雨の空の色。そして東京湾、横浜港の海の色。
それでも街の色合いはずいぶん変化してきた。
 

繁華街の片隅にあるバーの扉が勢いよく開く。

男が一人入ってくる。暗いところで見るその男は、鉛色にも見える顔色をしている。

男はカウンターの手前から二番目の椅子を引くと、うつむき気味に身をかがめ、マスターに

「一番安い酒はなんですか?」

と聞く。

「ストレートでいのか?」

マスターは一言、男に言う。

男は肯く。

マスターは酒の並ぶカウンターを眺めターキーを手に取ると
ロックグラスを手に取り、かなり多めに注ぐ。

男はグラスを手に取ると震える手で一気に喉に流し込む。

「もう…、もう一杯」

と男はグラスに差し出す。

差し出すグラスにマスターはもう一杯、かなり多めに注ぐ。

そして男はまたグラスを手に取ると一気に喉へと流し込む。

「これで足りますか」

男は千円札を2枚カウンターに置くと、上目遣いにマスターの方をちらりと見る。
マスターは肯く。

「命は無駄にするなよ」

一言、マスターは口にすると、その千円札を2枚受け取った。

ガタンと椅子がなり男は立ち上がり、背を向け外へと向かう。

**

カウンターの一番奥にいた私にマスターは呟く

「昔は多かったんだけど、最近はああいうのはいなくなったな」

そう言ったところで客が入ってきた。二十代後半のカップルだ。

マスターは何もない顔で

「いらっしゃい。こちらどうぞ」

とカウンターの椅子へと座らせる。

その瞬間、いつもと何も変わらないBARの風景へと変わる。

ただ…、それから暫くして…。
外に目をやると、救急車が通り、続いてパトカーが何台か続けざまに走っていた。

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夢であいましょう(ぐーぐーランド)

2009-01-28 (水)

「あら、素敵な絵ね。この絵は誰が描いたのかしら。患者さんかしら?」

ナースステーションに置いてあった絵を看護師長が手に取りつぶやく。
画用紙に描いたその絵の裏をひっくり返してそこに書いてある文字を読む。

「ぐーぐーランドって書いてあるわね」
「どこかしら…」

「松浦さん、この絵は誰が描いたのか知ってる?」

   「これなら大川端さんが描いてましたけど…」

「大川端さんが?」
「大川端さんがこんな素敵な絵を描くなんて思わなかったわ」

看護師長はもう一度絵を手に取り、その絵を眺める。
そして絵に描かれているぐーぐーランドに思いを馳せる。

「どこなのかしら…」

看護師長は意識が遠のきその場に倒れ込む。

**

丘の上から眺めると遠い先まで花畑が広がっている。
そこは一足早くに春がやってきたかのように色とりどりの花が咲いている。
花畑や、野原には動物さん達が遊んでいる。

花の中に鼻を差し入れ、匂いを嗅ぐアジアゾウ。
野原を駈け回るヒツジさん。
そのヒツジに追いかけ回される、サラブレッド然としたウマ。
花畑にしゃがみ、花や葉でリースを作り、ポニーの頭にかける少女。
いやいやをしてリースを落としてしまうポニー。

そんなのどかで夢のような光景が広がる。

「いらっしゃい。師長さん」

リースを作っていた少女は作っていたリースを師長さんの頭にかけて微笑みながらもう一度言う。

「いらっしゃい。師長さん」

師長さんは左右を見回してビックリした顔でリースを頭に載せる。

   「ここは?」

師長さんの問いかけに少女が微笑む。

「ぐーぐーランドなの」

**

看護師長がベッドの上で目を覚ます。

「はっ、ここは?」

周囲でナースが心配そうに覗き込む。

   「師長は貧血を起こして倒れていたんですよ」
    「ビックリしちゃいました」

「お花畑は? ほら、丘にあるお花畑よ。」
「そう、ナースステーションに絵があったでしょう?」
「大川端さんが描いた、丘から見たお花畑の絵」

キョトンとした顔をするナース。

   「そんな絵、見なかったですよ」
    「師長、お疲れになってるんですよ」
    「今日はぐっすり休んで下さい」

「夢を見ていたのかしらね」
「いい夢だったわ」

   「それじゃあ私は戻りますから、何かあったらナースコール押して下さいね」

ナースは師長に一礼すると開け放たれたままだった扉を閉め、個室から出て行った。
閉まった扉の内側にはリースがかけられていた。

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Graduation

?2009-01-13 (火)

一昨年に別館に書いた文章を一部改変。

仕事中、ランダムでかけているMP3からパッヘルベルのカノンが流れてくる。
この季節じゃなかったら普通に聴き流すところなのだが、春を控えたこの季節には一つの思い出が頭に思い浮かぶ。

**

記憶は25年以上遡る。
中学2年の冬。生徒会長だった僕は先輩方を送り出す。
先輩方を送り出すため、掃除の挨拶を考え、卒業式の段取りを決め、放送委員のI子とともに卒業式で流す曲を決める。

ショパンの別れの曲
バッハのG線上のアリア
パッヘルベルのカノン

他はもう忘れてしまったけど、あまりに有名なこの3曲を使ったことは覚えている。

**

そして、1年の歳月が流れて、僕が送り出される番がやってきた。
仲が良かった放送委員の後輩であるI子が選んでくれた曲が

モーツアルトのフルートとハープのための協奏曲 k.299
アイネ・クライネ・ナハトムジーク 第2楽章ロマンツェ
そして、パッヘルベルのカノン…。

**

後輩の送辞に続いて、僕が読み上げる卒業生答辞。
壇上から講堂を広く見回す。同窓生、後輩、恩師、卒業生の家族…。
広く見回してから僕は左上にある体育館の放送室を見上げる。I子と目が合う。

「ありがとう」

そんな思いを胸にマイクへ向かう。
一呼吸おいて答辞を読み上げる。

…梅の香も匂い始めました今日この頃、私たち卒業生253名は今日、この佳き日に卒業を迎えることができました…

後輩と、恩師に向けてしっかりと答辞の言葉を発する。

**

放課後に僕がいつもいる生徒会室と、I子がいつもいる放送室は隣同士だった。
廊下には出ずに、テラスから行き来が出来た。
学校行事があるたびにI子と一緒に流す曲を決めた。
そればかりではなく、賢いI子は行事で会長が読み上げる原稿も作ってくれた。

「卒業式の答辞は自分で作って下さいね」
「まさか在校生が作るわけにもいかないでしょう?」

そんなI子の言葉に僕は卒業生答辞を作り、こうして読み上げている。

…これからはお互い違う道だね…

**

卒業式が終わり、校舎から出たところを待ちかまえていたI子。

「せんぱい。これ」と渡された花束。
「私の名札持っててください」と胸から外した青い名札。

そして僕の胸に手を伸ばし
「せんぱいの名札くださいね」
と外す僕の赤い名札。

いくつかの会話の後、僕は気障な台詞の一つも言えずに背を向ける。
振り返らずに手を挙げる。涙を見せないように。

**

そんな昔のことを思い出しながら、パッヘルベルのカノンに続けて、フルートとハープのための協奏曲を聴き、普段は開かない引き出しをそっと開いてみる。
あまり使うことのない雑多な事務用品の下にこっそり入れてある青色の名札。
そして「せんぱいへ」と小さな文字で書かれた手紙。
それらを一瞬だけ目にして、にっこり微笑んで引き出しをしめる。

満月を幾日か過ぎた今日、最後に柔らかなClair de Lune(月の光)を聴きながら。

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巡る季節

2009-01-11 (日)

ピンポーン♪

「はーい」

   「宅急便でーす」
    「荷物こちらですね」
    「毎度ありがとうございまーす」

「あら、カズオちゃんからだわ。何かしら」
「デジカメ?手紙も入ってるわ」
「なに、なに……?」

??
この荷物を受け取った方へ。

 友達を辿ってカメラを旅にだしています。

 あなたの住んでいる街や村の風景であるとか、私の住むところにはこんな珍しいものがあるよとか、
今日はこんな雲が広がっているよ。窓からこんな光景が見えるんだよとか、何か面白いものを撮って下さい。

 写真を撮ったら、あなたの友達に送って下さい。もちろん、この企画を面白いと思ってくれそうな人がいいな。
そして、次の友達へと回してくれそうな人に送って下さいね。

 あなたのもとに送られてくるまでに撮られた写真は見てくれて構いません。また、添付のノートに何か一言を書き添えてくれると嬉しいです。

 
  2010年になったときに、ちょうどこれを手にしていたあなた。
あなたが旅の最後の方です。どうかカメラを帰路に就かせてあげてください。

カメラの送り先は、横浜市中区…
??

「面白いことをしてるわね」
「じゃあ、何か面白ものを撮ればいいのね」
「なにがいいかしら」

亜紀子は考えながら庭に出てみた。

「あっ。これ!」

亜紀子の家の庭からは「ふきのとう」が顔を出していた。

「もう春なのね」
「ふきのとうさん、こんにちは」

亜紀子は春の息吹に笑みが溢れ、ふきのとうの写真を撮った。
ノートには…

??
何を撮ろうか悩んでいたらふきのとうを見つけたので撮りました。
ここ長野でも春はもうそこまで来ているようです。
このデジカメも旅をしながら、春真っ盛りになり、夏がやってくるのでしょうね。
季節が巡り、次の冬には無事に横浜に戻れますように。

                          亜紀子
??

と書き込んだ。

「さあ、次は誰に出そうかしら」
「鹿児島のミチコちゃんにしましょう」
「鹿児島ならもっと春になっているはずよ」

亜紀子は箱にデジカメとノートを詰め、宅急便の伝票を記入していった。

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1/1 西へ 3

2008-12-29 (月)

ルート23を南下する。ずっと一本道。
渋滞が激しくなってくる。路肩にもバイクが連なってくる。
加減速したくない。アクセル開度は変えずに、クラッチワークとブレーキワークとで誤魔化して走る。

「止まらないで、止まらないで、お願い止まらないで」

「速度落とさないで。お願?い」

路肩にはバイクが詰まっている。対向車はいない。
対向車線から一気に詰まっているバイクをパスする。
止まらない、止まれない。走れ、走れ。

しかし、止まらざるを得ない状況は次から次へとやってくる。
減速。そこからの再加速が難しい。じわじわじわじわと加速させないとならない。エンジンを失火させないように。失火させたら時間が大きくロスしてしまう。
失火したらキック、キック、キック。

**

津。
鈴鹿を過ぎ、津に向かうあたりからの記憶がない。脳裏に浮かぶのは光の渦。
黄色みの光、赤味の光。浮かび上がる道路標識の看板。

伊勢への初詣の話はこれでおしまい。

この先、記憶の断片にあるのは。
伊勢でのテキ屋で買ったお好み焼き。伊勢湾フェリーのエンジン音。
渥美半島で遠州灘を眺め、春と見間違うばかりの暖かく、柔らかな陽射しを浴びて浜に倒れ込んだ事。三回目の健康ランドハッピーに行った事。
家に帰り着いて玄関先で赤福を抱えて倒れた事。それが3日だった事。

2日はどこで何をやっていたんだろうとか、どこを通って帰ったんだろうとか、謎は残るけど、僕にとってはあまりにも馬鹿馬鹿しくて、あまりにも可笑しい記憶。

伊勢湾フェリーの中で撮った何枚かの写真の中に写っている僕。
みんな疲れ果てて死にそうな顔をしている。でも、無事に帰れたわけだし。20年以上過ぎても尚ネタに出来るんだから上等ですな。

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