突き抜ける夏空の江ノ島 (1993年頃作)
学校帰りには佐知子がいつも利用する蒲田の駅の、駅ビルの喫茶店で他愛もない会話をするのが楽しみだった。 佐知子とは学校の隣どうしのクラスという間柄で、いくつかのクラスが一緒に受講するレクチャーの時間で一緒になる。 入学してからあの手、この手とアプローチして、やっとこうして学校帰りに喫茶店で話をするくらいの間柄になれた。 もちろん恋人という関係には程遠かった。
梅雨明け宣言がいつ出されるかという頃、いつもの喫茶店で、いつものように、学校での課題のことや、 夏休みの予定といった他愛もない会話中に、佐知子は思いついたようにこう言った。
「ねえ、バイクで海まで連れていってよ!」
今までに何度もアプローチをかけているのに、その度に肩すかしをくらっていたところに、 佐知子からそう言ってくるなんて思ってもいなかった。もちろん、佐知子のそんな言葉に喜んで、 次の日曜日に海まで連れていく約束をした。
待ち合わせの場所に時間通りに現れた佐知子を後ろに乗せると、第一京浜国道をゆっくりと確実に走らせる。 まったく始めてタンデムシートに乗ったという感触でもないけど、 乗り慣れていない女をバイクの後ろに乗せるにはそれなりに気を使うものだ。
夏の突き抜けるような晴天の下で、佐知子を後ろに海岸へ向かう。 こういう天気の日は気分もいいもので、妙な下心もどこかにふっとんでしまう。
特に飛ばすこともなく、第一京浜から横浜を抜け、鎌倉街道へと走り、 鎌倉から海岸沿いの国道を走り江ノ島に向かう。片瀬で昼食を買って江ノ島の湘南ヨットハーバーに向かった。
海を見ながらの昼食をとるのに、身長ほど高くなっている防波堤に昇る。 先に僕が昇り、佐知子の手を取り右手で引き上げ、左手で身体を抱き抱えるように引き寄せる。
防波堤でどのくらいの時間を過ごしただろうか。 佐知子は僕の膝枕の上で、降り注ぐ太陽を体中に浴びながらうたた寝している。 僕は佐知子の髪を撫でながら、佐知子の唇に顔を近づける。
顔があと少しというところまで近づいたときに佐知子は目を開く。
「ダメよ」
ちぇっ、これだけいい雰囲気で、それはないよなぁ・・・。