2008-10-29 (水)
金曜日。都内からの最終電車。
中途半端に混んでいる東海道線の車内。
酒の臭いが充満し咽せるような空気が車内を支配する。
身体を傾げて居眠りをする者。小説を開き、しかし、目を閉じている者。ヘッドホンをし、ただ車窓の流れゆく景色を見つめる者。
「ねーちゃん、いい身体してるじゃねーか」
「そんなイヤらしい身体で男を挑発して楽しいか?あぁー?」
酔っぱらいふらつく男が何やらわめく。運悪く側に乗り合わせてしまった女が絡まれている。女は男に絡まれる。男から胸を鷲掴みされ非道く怯えている。
男は酔っているのか周囲の目も気にせず痴漢行為を続けている。
車内では誰もが見て見ぬ振りをしている。目をつぶっていた者は一瞬目を開き、視線を上げてはすぐに視線を落としまた目を閉じる。窓の外を見つめていた者は窓に反射して映った様子を見ている。しかし、直接見ようとはしない。誰もが見て見ぬふりをして次の駅に着くのを待っている。しかし、次の駅までは5?6分はある。
正直に言ってしまえば、俺だって変なヤツに拘わりたくない。
別段、正義感だって溢れているわけではない。強いて言えば…、
「弱いものが困っていたら助けてあげなさい」
そんな祖母の教えが頭の片隅にあるくらいのこと。
「拘わりたくないな…」
心が葛藤を起こす。
「嫌だな…でも……」
「見て見ぬふりも出来ないだろ…」
心は尚も葛藤する。
大きく深呼吸をしてから
「よし。」
そう呟いて座席から立ち上がる。
「そろそろやめないかな?」
「おねえさん嫌がってるじゃん」
「なにー!」
「なんか文句あんのか!」
「いや、だって、嫌がってるでしょ」
「なんだこの野郎!」
男は激情する。
(あと1?2分か…)
(駅に着いたらなんとかなるか…)
(もう少し)
「やめようよ」と、なだめるように声をかけるが男は相変わらずわめいている。
痴漢行為も相変わらずやめない。
「だから、やーめーろって!」
胸ぐらを掴み蹴りを入れる。その途端に男はナイフを取り出した。
ナイフを振り回してくれればそんな怖くない。
運悪く切られても傷は浅くて済む。ヤツも始めはそうだった。片手でナイフの柄を持ち、片手は女の子に。
駅に到着し、ヤツを引きずり降ろすとヤツは豹変した。
ナイフを振り回してなんかこない。電車から降りると同時にヤツはナイフの柄を片手でしっかりと持ち、もう片手はナイフの柄を後ろから押さえるように持つ。
俺は咄嗟に身をかわす。
普通の神経を少しでも持ったヤツなら、誰だって殺人者にはなりたくないはずだ。しかし、しっかりとナイフを握ったその姿には殺意が感じられる。
足が震える。身体全体の血が全て下がるような寒さを感じる。首筋に冷たさを感じる。
ナイフが大きく見えたとき、身体捻ってナイフをかわした。かわした瞬間にヤツの足下をすくう。ヤツが転んだ瞬間に手首を蹴り、続けてナイフを蹴り飛ばす。
駅員が走ってきたときに、周囲の人たちも加勢し、ヤツを身動き取れない状態にする。
続いて騒ぎを聞きつけた警官も駆けつけてくる。
ホームの上はポツポツと血痕がついている。誰か切られたか? そう思った途端に肩口が熱いことに気付く。俺の肩口から血が流れている。
「ふー」
大きい傷ではなさそうだ。ホッとして全ての力が抜け俺はホームにへたり込む…。