1993年6月。19:00 China town

2009-06-10 (水)

この季節、外はまだ真っ暗にはなっていない。
夕方になって空には鉛色の雲が広がった。
この季節、ここを色で表すならば鉛色だ。
梅雨の空の色。そして東京湾、横浜港の海の色。
それでも街の色合いはずいぶん変化してきた。
 

繁華街の片隅にあるバーの扉が勢いよく開く。

男が一人入ってくる。暗いところで見るその男は、鉛色にも見える顔色をしている。

男はカウンターの手前から二番目の椅子を引くと、うつむき気味に身をかがめ、マスターに

「一番安い酒はなんですか?」

と聞く。

「ストレートでいのか?」

マスターは一言、男に言う。

男は肯く。

マスターは酒の並ぶカウンターを眺めターキーを手に取ると
ロックグラスを手に取り、かなり多めに注ぐ。

男はグラスを手に取ると震える手で一気に喉に流し込む。

「もう…、もう一杯」

と男はグラスに差し出す。

差し出すグラスにマスターはもう一杯、かなり多めに注ぐ。

そして男はまたグラスを手に取ると一気に喉へと流し込む。

「これで足りますか」

男は千円札を2枚カウンターに置くと、上目遣いにマスターの方をちらりと見る。
マスターは肯く。

「命は無駄にするなよ」

一言、マスターは口にすると、その千円札を2枚受け取った。

ガタンと椅子がなり男は立ち上がり、背を向け外へと向かう。

**

カウンターの一番奥にいた私にマスターは呟く

「昔は多かったんだけど、最近はああいうのはいなくなったな」

そう言ったところで客が入ってきた。二十代後半のカップルだ。

マスターは何もない顔で

「いらっしゃい。こちらどうぞ」

とカウンターの椅子へと座らせる。

その瞬間、いつもと何も変わらないBARの風景へと変わる。

ただ…、それから暫くして…。
外に目をやると、救急車が通り、続いてパトカーが何台か続けざまに走っていた。

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