2009-06-10 (水)
この季節、外はまだ真っ暗にはなっていない。
夕方になって空には鉛色の雲が広がった。
この季節、ここを色で表すならば鉛色だ。
梅雨の空の色。そして東京湾、横浜港の海の色。
それでも街の色合いはずいぶん変化してきた。
繁華街の片隅にあるバーの扉が勢いよく開く。
男が一人入ってくる。暗いところで見るその男は、鉛色にも見える顔色をしている。
男はカウンターの手前から二番目の椅子を引くと、うつむき気味に身をかがめ、マスターに
「一番安い酒はなんですか?」
と聞く。
「ストレートでいのか?」
マスターは一言、男に言う。
男は肯く。
マスターは酒の並ぶカウンターを眺めターキーを手に取ると
ロックグラスを手に取り、かなり多めに注ぐ。
男はグラスを手に取ると震える手で一気に喉に流し込む。
「もう…、もう一杯」
と男はグラスに差し出す。
差し出すグラスにマスターはもう一杯、かなり多めに注ぐ。
そして男はまたグラスを手に取ると一気に喉へと流し込む。
「これで足りますか」
男は千円札を2枚カウンターに置くと、上目遣いにマスターの方をちらりと見る。
マスターは肯く。
「命は無駄にするなよ」
一言、マスターは口にすると、その千円札を2枚受け取った。
ガタンと椅子がなり男は立ち上がり、背を向け外へと向かう。
**
カウンターの一番奥にいた私にマスターは呟く
「昔は多かったんだけど、最近はああいうのはいなくなったな」
そう言ったところで客が入ってきた。二十代後半のカップルだ。
マスターは何もない顔で
「いらっしゃい。こちらどうぞ」
とカウンターの椅子へと座らせる。
その瞬間、いつもと何も変わらないBARの風景へと変わる。
ただ…、それから暫くして…。
外に目をやると、救急車が通り、続いてパトカーが何台か続けざまに走っていた。