?2002年頃
駄文 steve
雪が降ってきた。
いつも通りの冬だ。
今夜も例外にもれず忙しい一日だった。
会社の連中はこぞって、そそくさと退社した。
今日はクリスマス・イブなのである。
やるべき仕事が一段落し、
時計を見ると8時を回っていた。
「なんとか間に合うかな。」
戸締りをして会社の外に出ると、
飛び上がるほど寒い。
雪なんて、見るだけで寒いのに、
頬に降りかかろうものなら凍りつくほどだ。
いつもの最後の退社だが、
クリスマス・イブだからといって
格段と寂しさを覚えるわけではない。
なぜかと言えば、
この日はここ十数年、一人でいることの方が
多かったからだ。
もちろん一人じゃなかった時は、
おしゃれなレストランで食事をしたり、
かっこいいホテルを予約したりして、
楽しい時間を過ごしたこともあった。
だけど、なぜかこの日だけは
一人で過ごしてきたほうが圧倒的に多い。
そういう一人の年には何をしていたかというと、
その「何とか間に合う先」へと出向くのである。全て木製の内装で、
温かみのある裸電球の照明。
程良い薄暗さだ。
歩くと木の床がゴスゴスと独特の音を立てる。
昼間は学生相手のランチやコーヒーを出す
喫茶店なのだが、
夜はまあ、良く言えばアーリーアメリカン調の
パブになる。
ここでは毎年、あえてクリスマス・イブの日に
ライブパーティーをするのだ。
まだそのパーティーに顔を出したことが
なかった時に、
マスターに一度訊いてみたことがある。
「クリスマス・イブの日にライブやっても客、
//来んでしょ?」
「ばか、それなりに賑わうんだよ。」
「なんか、一人で寂し?奴が
___一杯なんだろうなあ・・。」
「お前も同じようなもんだろう。」
よくよく訊いてみると、
その昔、沢山の彼女を持つマスターの
アリバイ作りの代物だったようである。
そのマスターも今や綺麗な奥さんの旦那で、
かわいい3人の子供達のパパだ。
ライブ自体は例年、大体10時頃から始まる。
それから朝方まで、気が向いたら演奏をし、
ビンゴゲームやヨタ話大会をやる。
カップルじゃない初回参加のものは
例外なくステージへ上げられ、
自分がこんな日にこんなところへ
来ている理由を、
どんなに自分が寂しい境遇にあるかを
強調して話をしなければならない。
毎年いる人や、初めての人、
一回しかこない人、
思い出したように来る人、カップル、独り者、
それぞれである。3年位前だったか、
とても真面目そうな、
どう見ても高校生にしか見えない女の子が
一人で座っているのを見たことがある。
誰とも話をすることなく、
ものすごく興味深げに、
ライブでやっている大昔の古いロックに
見入っていた。
ところがその子の前には、
どう見てもお酒にしか見えない物が
置かれているのである。
そういうところには変にカタブツな
マスターが出したとは思えない。
それどころか誰かがその子に
飲ませているところを
マスターに見つかったならば、
大変なことになる。
「ちょ、ちょっと、き、君、それは、
___お、お、お、お酒じゃないのかね!」
マスターが暴れだすところを想像すると、
つい中年のオヤジみたいになってしまった。
「し?っ!!マスターには内緒だよ!」
「い、いかんよ、オジサンによこしなさい!」
「大丈夫だって!マスターの目の前で
___すりかえたんだから!」
「そ、そうかね。ははっ、、。」
訊くと彼女はベーシストで、演っていた曲を今度、
卒業ライブで演奏すると言う。
あれからその子は見かけないが、
うまくいっただろうか。
そういえば去年はハーレーに乗って、
はるばる100Kmも先からやって来た夫婦がいた。
「わたし、ハーレーって、
___あんまり好きじゃないのよねェ。」
「ばかいうな。
___バイク乗りは最後にここに行き着く。」
そう言いながらも夫人はしっかりと
ハーレールックである。
実はとても仲良さそうな夫婦に
話し掛けたくなった。
「今日はタンデムで?」
「そうなのよ。こんなに寒いのに。」
「車よりいいって言ったくせに。」
と旦那。
「あなたもバイク乗りなの?」
「ええ。まあ一応。」
「来年はあんなオジサン的なバイクの後ろじゃ
___なくて自分でドカティにまたがってくるわ。」
「頼もしいですね。」
「モンスターの900よ。色は赤ね。」
今年はあの夫人、ドカに乗って
やってくるであろうか。
なんだか楽しみになってきた。
ハーレーとドカが店の前に並べて
とめてある光景が目に浮かぶ。
今から急いで家に帰り、着替えを済ませて
バイクにまたがれば10時には店に着くだろう。
何とかライブには間に合いそうだ。
バス停まで大急ぎで走っていく。
あと3分でバスが着くはずだ。あと少しでバス停だと言うところで、
見たことのあるような女性がなにやら
振りかざしている。
その女性は白い箱のようなものを頭の上へ
大きく持ち上げたと思うと、
ジュースの自動販売機にその箱を
ボカ?ンッと叩き付けた!
な、なんだ?
おだやかじゃないな。
ん?
こりゃ、ケーキじゃないか。
こんなことしたら中身、グシャグシャだ。
急いでいたにもかかわらず、
ちょっと日常的でない光景に立ち止まってしまった。
いやな予感がしながら、
つぶれたケーキの箱から、
恐る恐るその持ち主のほうへ
視線を移すと、、!
「何やってんの!?」
「・・・・・」
それは同じ会社の事務員の西川さんだった。
いやな予感というのは、
全く知らない人でない以外は、
そのまま通り過ぎていくことができないという、
常識的な予感だ。
西川さんの顔は、
ケーキの箱よりグシャグシャになっていた。
それから2時間、そのグシャグシャの顔した
西川さんの愚痴を延々と聞かされた。
彼の部屋に泊まりに行く予定の今日の夜、
急に彼の出張が決まったのだそうだ。
大泣き、大ワメキし、落ち着いたのか
それではごちそうさまと言い残し、
彼女は帰って行った。家の近くのバス停に降り立った時、
すでに時間は11時近くになっていた。
今の時間から出掛ける気も失せてしまって、
ひとりで飲み直そうと思い、
それまで寄ったことのない、
小さな、
少しさびれた酒屋に立ち寄った。
ぐるりと見回したが、お気に入りの酒が
置いてない。
やっぱりこんなところには置いてないよなと
思いながら、
一応訊いて見る事にした。
「あのう、。」
「なんだね。」
「ボンベイ・サファイヤ、置いてますか?」
「あるよ。」 終