夢の中で。

夢の中で。

2008-08-08 (金)

「乗ってきていいよ」
「ほら、キー」

富田さんはそう言って鍵を渡す。

「思いっきり回して乗ってきていいから」
「しばらくぶち回してないだろ?」

そう付け加えると富田さんは仕事場へ戻っていった。

**

「さて。どうしたものか」

もう長いこと乗ってない。

富田さんのオートバイはGSX-R。今日日のオートバイじゃ回しきれないだろうから、これくらいがちょうどいいか。なにしろもう何年も乗ってないのだから。

「どうせ夢の中の話だろ?」

明け方の浅い眠りの僕は半分覚醒し、これが夢の中の話だとわかっている。
でも、夢なら夢でスカッとしたい。

ニュートラルランプを確認。そうだ、昔、ニュートラルランプが点いているからと言ってセルを回したら、ギヤが入っていて、セルの力で押し出されたGSX-Rはいとも簡単に倒れていったっけ。
右中指で軽くフロントブレーキを握り、左手ではクラッチを握る。
セルを回すと簡単にエンジンは目覚める。
ヨシムラサイクロンから心地の良い音色が聞こえる。

何度か借りて乗ったことはある。自分のオートバイと交換して乗ったり、厨房の安本さんが指をざっくり切ったときは、病院まで運んでいった。苦情対応に行くのに借りて乗ったこともあった。
だけどぶち回して乗ったことはない。

GSX-Rに跨り、サイドスタンドを蹴り上げ、クラッチを握り1速に落とす。
3000rpmから動き始めるタコメーターの針が跳ね上がりクラッチミート。

最大トルク域から最高出力域を使って加速。

そうだ。その感覚だ。
出来ればもっと走りたい。でも覚醒はどんどん強くなる。外も明るくなってきている様子。そろそろ起きる時間だろう…。

携帯電話から曲が流れる。毎朝同じ時間に流れる目覚まし。

「ちっ」

予想通りのタイミングで起こされたな。あり得ないぜ。

ベッドの中で今見ていた夢を反芻する。

走り出せと言うことなのかな。アクセル全開で。
エンジンや車体は手に入る。あとは乗り手である自分自身次第という訳か。

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