暴風雨 2(恐怖) (1993年頃作)
走る電車の窓の外は雨が降っている。朝の天気予報では台風が日本列島に上陸する コースを進んでいることを話していた。夜には暴風域に入るとも言っていた。
浮き浮きする気持ちを抑えられないまま、今日一日は仕事も手につかぬまま僕は 家路へと急ぐ。
家に着くとすぐさま「177」に電話をして台風の進路を確認する。
「午後3時発表の天気予報をお伝えします。大型で強い台風17号は今夜半にも静岡県に 上陸する見込みです」「周辺の最大風速は・・・」
受話器を置いた僕は気持ちが昂揚する。
大きな深呼吸をゆっくりと繰り返しながらバイクの側に立ち、一つ一つ確実に各部を チェックしていく。タイヤの空気圧、ライト、ウインカー、ブレーキシステム。
一つのチェックミスが命取りにつながる。
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江ノ島から湘南海岸に出た頃で辺りは闇につつまれる。防砂林越しに波の音が強く響く。 気持ちはさらに昂揚する。気持ちとは裏腹に、ゆっくりと確実なマシンコントロールをして 僕は走る。
どこで台風に出遭うだろうか。 西湘バイパスは強風のため通行止めになっている。 国道1号に迂回して僕は西へ進む。
時折覗く海岸のテトラポットに高く波しぶきが上がる。
激しい雨がヘルメットのシールドをたたく。巻く風がバイクを右へ左へと揺さぶる。 普段なら完璧に防水してくれるこのレインウエアも今日はまるで役に立ってない。
ゆっくりと箱根を上り、一寸先も見えない箱根峠を越える。
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沼津ではすでに夜中を迎えようとしている。 雨はさらに激しきたたき、風はバイク もろとも巻き上げようとしている。
海に沿った松並木の通りから僕は左に曲がる。 ここはかなり高い防波堤のように なっていることを僕は知っている。街と海とを仕切っているその防波堤の上を車や バイクで走れることも。
僕はそこにバイクを乗り上げようとするが危なくて乗り上げられない。バイクを 風の少ない物陰に置き、手すりづたいに僕は防波堤に上がる。
強い風に波が巻き上げられて、細かく、しかし強く塩辛い水にまみれる。 風は容赦なく吹きつける。「あう、あ、あ、あ、あ」呼吸が苦しい。雨と塩水が 口にはいる。
風の音、雨の音、波の音、すべてが弱ければ「調和」した音になろうが、 今は地響きのような音、轟音が聞こえてくるだけ。
海はどこからなのだろう。人の拳から頭の大きさぐらいまでの石でできている 海岸は、波に飲み込まれている。
恐い、恐い、恐い。 手すりを強くつかむ。 「あ、あ、あ、ああ、あ」 「あう、あう、ああ、あ、あ、あ、ああ、あ」
そのとき僕は地球に同化した。