?2008-05-12 (月)
「ほら、なにやってんだよ」
「ぼけっとしてるなよ」
「俺のお客さんに失礼なことしないでよ」
「まったくとろいなぁ」
山本がその店にアルバイトとして入ってきたのはもう三ヶ月も前のことだ。
三ヶ月も経つのに要領が悪く、他の従業員達からは邪魔者扱いをされていた。
俺自身、山本を鬱陶しく感じていた。
今日も、俺の馴染みのお客さんに山本が失礼な言動をしてしまい、とても苛ついていたところだ。
夜になり、お客さんもいなくなり店の中は静かになりホッと一息吐く。
閉店の準備まではゆっくりとした時間を過ごせるだろう。
そんなときにポツリと山本が口を開いた。
「実は…」
「今日でこの店を辞めることになりました」
店の従業員の恐らく…、誰もが山本のことを邪魔者扱いしていたから、そのために辞めるのだろうと思ったはずだ。
山本はさらに口を開く。
「***フィルハーモニー交響楽団に入団することになりました」
え?
誰もが疑問を浮かべた顔になっている。
***フィルと言えばクラシックに興味がない人でさえ名前を知っているくらいのところじゃねーか
「フルートを吹いていて、***フィルに入って…、大勢の人の前で演奏するのを夢見ていたのです」
楽器をやっていることさえ知らなかったし、そんな実力を持っているなんて…。
「自分は…、フルートを吹くことしかできなくて、店のみんなには迷惑をかけてきたことはわかっています」
「お詫びに、今日はフルートを持ってきましたので、店が終わったら一曲、聴いてください」
閉店の準備をし、着替えて、電気を消し、施錠する。
店の駐車場に集まると、山本以外は車止めになっているブロックに腰掛ける。
山本はケースを開くとフルートを取り出した。
夜のとばりが降りて、駐車場の裏手の住宅街は静けさが保たれている。
山本はゆっくりとリズムを刻むようにし、フルートを口に持っていくと、小さく優しい音が鳴り始める。
夜の住宅街にフルートの優しい音色が響く。
静かな住宅街にフルートの流れるような音色が響く。
時には優しく、段々強くなり、波打つように音色が響く。
…こんな優しい気持ちにさせることができるヤツだったんだ…。
…こんなに強い意志を持った音色を響かせることのできるヤツだったんだ…。
優しい音色・そして強い音色は、夜の空気を揺らして、店の皆の心を揺らし、共鳴させた。
演奏が終わったとき、そこには感動の笑顔があった。