絵の好きそうな顔
遠方より能を観るために横浜に出てきていたじゅんこと横浜港内遊覧船に乗る。晴れたり曇ったりといい気候だったのが、下船間近になって真っ暗になり雨が降り出す。
小降りを見計らって、山下公園のレストハウスへ行き、建物には入らずに軒先で雨宿りをする。
「君は絵を好きそうな顔をしているね」
唐突に誰かに声をかけられて声のした方を向くと簡易な折りたたみ椅子に座ったおっちゃんがいる。
「君は絵が好きそうな顔をしているけど、絵は描くの?」
もう一度声をかけられて、僕は応える。
「絵は描きませんが、亡くなった祖母がアトリエを持って絵を描いてましたから、絵は好きですよ」
おっちゃんは嬉しそうにあれこれと話しかけてくる。齢71歳、横浜生まれの横浜育ちだそうだ。シャツのボタンを2つ3つ開き、首にはタオル。金のメガネに茶色の中折れの夏のハット。そんな出で立ちのちょっと太めのおっちゃん。
1時間以上も絵の話、横浜の話、釣りの話…。いろんな話を繰り広げてた。新山下の山本釣船店で赤灯台に渡してもらい、堤防に渡ろうとした途端に海に落ちた話。その日の釣果は大きな黒鯛だったこととか。
・・・・
ん?
頭に帽子。太めの顔は誰かに似ている。誰だろう…?
手には画材だけど、釣りの話をして、真鯛ではないものの黒鯛を釣り上げ…。
あっ!
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8日に上演された横浜三時空。横浜は人や物、文化の往来した場所。そういう場所だから能の詞章の中でも様々な神様が集まってくるんだった。8日には洲崎大神の天太玉命や本牧十二天の神々、海神であるえびす様が来ていたっておかしくないじゃないか。
まだ齢71。顔や肌も若々しいから、きっとおっちゃんはえびす様見習いね。今風に中折れのハットを被っているけど、顔立ちも伝えられているえびす様を若くした感じだもの。こりゃ間違いないね。
「やっと気付いたか」と、おっちゃんの笑い声が聞こえるかのようだぜ。
ところでおっちゃん。「絵の好きそうな顔をしてる」って、えびす様だからお見通しなのですか? いーや、実はテキトーに声をかけただけだろー!(笑)
きっとまた、そこいら辺で会いそうね。会ったらえびす様でしょー?と聞いてみよっと。